~Maker Interview~

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開発現場や製品企画担当の方々に戦略や今後の方針を語っていただくコーナー。
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「電池レスセンサー」を実現する「CLEAN-Boost」、時計開発で培った超低消費電力技術で実用化

植木崇次氏 武内勇介氏 宮城雅記氏 植木崇次氏 武内勇介氏 宮城雅記氏

 2012年に米国の起業家であるJanusz Bryzek氏が提唱した「Trillion Sensors Universe」構想。この構想は、1年間に1兆個ものセンサーを活用し、膨大な数のセンサー・ネットワークを構築することで、地球規模の社会問題を解決しようというものだ。ここから「トリリオン・センサー」というキーワードが生まれ、現在、世界中の関連企業が実現に向けて歩みを強めている。

 ただし、トリリオン・センサーの実現には、まだ解決しなければならない課題がいくつか残っている。その1つがセンサーへの電源供給だ。膨大な数のセンサーに対して電源ラインを引くのは現実的ではない。それならば、電池を使えばいいが、交換作業に膨大な人件費(コスト)が掛かってしまう。そこで、この問題を根本から解決できるとして注目を集めているのが「エナジーハーベスティング技術」である。しかし、振動も、光も、熱も、電波も、得られるエネルギー量が少なすぎるため、現状ではなかなか有効活用できていない。

 こうした問題を解決すべく、アナログ半導体メーカーのエイブリックが開発したのが「CLEAN-Boost(クリーンブースト)」と呼ぶ技術だ。これまで捨てられていた微少な電力を有効活用することで、センサーへの電源供給問題の解決を目指す。今回は、CLEAN-Boost技術の開発を担当するエイブリック CEOオフィス ビジネス・ディベロップメントユニットでジェネラルマネージャーを務める武内勇介氏、アシスタントゼネラルマネージャーを務める宮城雅記氏と植木崇次氏に、同技術の詳細や、アプリケーション動向、今後のビジネス展開などについて聞いた(聞き手:山下勝己=技術ジャーナリスト)。
(聞き手:山下勝己=技術ジャーナリスト)

「CLEAN-Boost(クリーンブースト)」とはどのような技術なのか。

CLEAN-Boostのコンセプト

図1: CLEAN-Boostのコンセプト

CLEAN-Boostの動作原理

図2: CLEAN-Boostの動作原理
これまで捨てていた微小な電力を有効に利用する技術だ。振動発電や、ボルタ型電池、1セルの太陽電池、土壌発電、温度差発電などで得られた微少な電力を、キャパシタに蓄えて、ある程度まで貯まったら、それを使って無線通信回路を駆動する。

武内 CLEAN-Boostは、これまで捨てていた微小な電力を有効に利用する技術である(図1)。電圧で言えば1.0V以下、電力で言えば1mW以下のエネルギーが対象だ(図2)。温度差発電や微生物発電、1セルの太陽電池、ボルタ型電池、振動発電などのエナジー・ハーベスタに対応できる。

 特徴は回路方式にあり、エナジー・ハーベスタや蓄電回路、昇圧回路、無線通信回路などで構成する。エナジー・ハーベスタで発電した微少な電力をキャパシタに蓄電し、ある程度貯まったら昇圧して無線通信回路を駆動する。微少な電力を貯めて、パタン、パタンと次の回路に渡す。この動きから、当社では「ししおどし(鹿威し)回路」と呼んでいる。

どの程度の微少電圧や微少電力を有効活用できるようになるのか。

宮城 2タイプの回路がある。1つは0.3Vと低い電圧に対応したタイプ。もう1つは0.7〜0.8Vと比較的高い電圧に対応したタイプである。後者は、1μAと極めて少ない電流でも動作する。前者は、1μAよりも多くの電流を必要とする。この2つのタイプは、回路の中身が異なる上に使用するキャパシタも違う。

時計の技術を利用

CLEAN-Boost技術の開発に着手したキッカケは何か。

武内 セイコーが1998年に発売した熱発電利用の腕時計「サーミック」がキッカケだ。「サーミック」は、ペルチェ素子を使って体温と外気温の温度差で発電し、その電力を2次電池に蓄積して駆動する。当社は前身のセイコーインスツル時代に、この熱発電で得たわずかな電力を昇圧するICを開発した。

この技術がCLEAN-Boostに発展していった経緯をもう少し詳しく教えてほしい。

武内 その後、開発に着手したのは、「ワイヤレスおむつ発電センサー」である。これは、立命館大学 理工学部の道関隆国教授と共同で開発した。

 おむつに電極を内蔵しておき、尿が漏れると発電する。その電力を使って、無線信号を送信するという仕組みである。使用者が尿を漏らしたことが離れた場所でも分かるため、おむつ替え作業の効率を高められる。尿によって発電できる電力は60μWぐらいで、これを蓄電して昇圧することでBluetooth送信回路を駆動する。

 同様に、植物の活性度モニタリング・システムの開発も取り組んでいる。植物の幹に一方の電極を刺し、もう一方の電極は土の中に設置しておく。植物の導管を介して水分を吸い上げると、それによって発電する仕組だ。植物の活性度が高ければ、光合成が活発になり、より多くの水分を吸い上げる。従って、短いインターバルで無線信号を送信することになる。発電電力は0.6μW程度である。

立命館大学の道関教授が研究開発を担当した部分はどこか?

武内 道関教授には、ししおどし(鹿威し)回路のアイデアと、アプリケーションへの適用を可能にする昇圧回路と蓄電回路の開発と、新しいアプリケーションのアイデア検討を担当していただいた。

3〜4滴の雨漏りでも検出できる

CLEAN-Boostを採用した最新の製品/技術を紹介してほしい。

電池レス漏水センサー

図3: 電池レス漏水センサー

宮城 大きく2つの要素から構成されている。1つは、Bluetooth Low Energy(BLE)に対応した無線通信回路と、CLEAN-Boost技術を実現する電子回路を内蔵した無線タグ。もう1つは、発電を担う2本の金属線を黒い繊維で覆ったセンサーリボンである。

どのような仕組みで漏水を検知するのか。その仕組みを説明してほしい。

漏水センサーの仕組み

図4: 漏水センサーの仕組み
センサーリボンに水滴をたらすと、内部の金属線が反応して微少な電力が発生する。この微少な電力をCLEAN-Boost技術で蓄電、昇圧してBLE対応無線通信回路を駆動することで、無線信号を出力する。

植木 漏水センサーは、3〜4滴の水滴(約150μl)で発電して、Bluetooth Low Energy(BLE)対応の無線信号を送信するというものだ(図4)。発電には、2つの異種金属と水による電蝕反応を利用する。いわゆる、「ボルタ型電池」である。水は、普通の水道水で構わない。塩素等の不純物が含まれているため、電解液として機能する。

2本の金属線を繊維で覆っているようだが、その役割は何か。

宮城 金属線を繊維で覆ったものを「センサーリボン」と呼んでいる。繊維の役割は、水の吸収と保持である。

具体的なアプリケーションのイメージを教えてほしい。

漏水センサーの用途

図5: 漏水センサーの用途
集合住宅や、地下街の商業施設、空港/駅、産業用プラント、サーバー・ルームなどでの水漏れ検知に向ける。

植木 例えば、建物の配管などにセンサーリボンを設置する(図5)。この状態で配管から水が漏れてセンサーリボンが濡れれば、ボルタ型電池の効果で発電し、無線信号が出力される。

 センサーリボンを濡れることを嫌がる電子機器の近くに置いておけば、老朽化した建物などでの雨漏りをいち早く検知できる。このため電子機器を守ることができる。

どのくらいの電圧が得られるのか。

植木 0.3 V程度の電圧が得られる。ただし、0.3V程度の電圧では、BLE対応の無線通信回路を駆動できない。そこでCLEAN-Boost技術を活用して、1.8〜2V程度の電圧に昇圧してから無線通信回路を駆動している。

この漏水センサーも「ししおどし(鹿威し)回路」を利用しているのか?

植木 その通りである。漏水による水滴で発電した微少な電力をキャパシタに蓄えて、ある程度電荷が貯まると、それを使ってBLE対応の無線通信回路を駆動する。従って、無線通信回路はインターバル動作することになる。

漏水検知によって発生する電流量はどの程度なのか?

植木 発生する電流量は、数十μA程度である。電流値は、センサーリボンの濡れた面積で決まる。面積が大きければ電流量は大きくなるので、キャパシタを短時間で充電できる。面積が小さければ発生する電流量は小さく、充電には多くの時間が掛かることになる。出力電圧は、面積に依存せずほぼ一定である。

センサーリボンは最長15mまで対応可能

センサーリボンの長さどの程度の長さまで対応できるのか?

植木 センサーリボンは長さが異なる3種類を用意している。すなわち50cm品、2m品、5m品である。しかし、実際にはもっと長い距離に対応できる。当社が動作を保証する長さは15mだ。つまり、5mのセンサーリボンを3本連結して使用できる。なぜ、センサーリボンを長くできるのか。それは、発電電力の出力がセンサーリボンの長さや、水滴の滴下位置に一切依存しないからだ。発電電流に対して、金属線の抵抗が十分に低いためである。

このほかの製品仕様を教えてほしい。

漏水センサーの製品仕様

図6: 漏水センサーの製品仕様

植木 センサーリボンの動作温度範囲は+5〜85℃に対応する(図6)。0℃だと水滴が凍ってしまい動かなってしまう。反応速度は150μlの水滴を滴下したときに300sである。つまり長くても5分間待てば、無線信号が出力されることになる。上記は、一般的な水道水を想定した導電率200μS/cmで仕様を規定している。

BLEを使ってどのような情報を送信できるのか?

植木 BLEなので、2.4GHz帯を利用して無線信号を送信する。送信出力は0dBm(標準値)であり、見通し送信時であれば30〜100mの伝送距離が得られる。BLEはビーコン・モードで動作する。つまり、UUIDやMajor/Minorデータといった個体識別信号の出力が可能である。つまり当該センサーが漏水を検知した事を送信するのみであり、アナログ的な情報は送信できない。

電池や外部電源が不要な無線通信対応の漏水センサーの実用化は世界初ということだが、なぜ競合他社には実現できなかったのか?

宮城 0.3V、1μWから蓄電・昇圧できる半導体チップを実現することは、競合他社にとって簡単ではないからだ。もともと当社には、時計で培った低消費電力対応の半導体技術があった。今回は、これを有効に活用した。特に、競合他社で実現が難しいのは、超低消費電力の電圧検出回路だろう。今回採用した電圧検出回路は、数nAオーダーの消費電流で電圧を検出できる。

土壌の肥沃度や発汗検知への応用も

今後、漏水センサーはどのようにビジネス展開していく考えか?

武内 建物の雨漏り検出には、間違いなくニーズがあるだろう。ビジネス展開の対象になるのは、新築住宅や建築中の設備、駅、空港、地下の商業施設などだ。

 これまでは、振動などでひび割れが発生し、そこから雨水が侵入して発生した雨漏りを検知するには、人間の目視に頼るしかほかに方法はなかった。しかし、漏水センサーを使えば、人間が雨漏りの現場に行かなくても自動的に検出できるようになる。現在、漏水センサーを共同開発した大成建設(株)とシステムの検証実験を進めている。

このほかCLEAN-Boostは、どのような用途に展開できるのか。

宮城 土壌発電への適用の可能性もある。土壌の中には、発電する菌が存在している。地中には20種類ぐらいの発電する菌がいると聞く。この発電菌は、有機物を分解するときに電気を発すると言われているため、発電量と土壌の肥沃度に相関があればCLEAN-Boostの活用で、土壌の肥沃度がモニターできるのではないかと期待される。

 酵素反応による発電の利用も有望だろう。酵素の中には、特定の物質に反応して発電するものがある。この原理を使って、人間の汗や、果糖、アルコールの検知に応用できる可能性がある。例えば、汗の検出であれば、パッチ状のシールに酵素を塗布しておき、これを人体に貼る。人間が汗をかけば、パッチの酵素が汗に含まれる乳酸と反応して発電する。その電力で無線信号を飛ばすことで、発汗を検知できるようになる。

CLEAN-Boostに関する今後の技術開発の方向性は?

武内 トリリオン・センサーのトレンド通りに世界は動いている。センサーが増えれば、電池レス化や外部電源との接続フリーを求める声は強くなるだろう。当社は、そうした声に応えるかたちで、電池レスのアプリケーションを増やしてしていきたい。増やす方向性は2つの軸を考えている。1つはセンサーの軸。振動や1セルの太陽電池、微生物発電などが対象になる。もう1つは、無線通信の軸である。BLEだけでなく、LPWA(Low-Power Wide-Area Network)などにも対応していきたい。

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また、エイブリックは今回紹介した製品以外にもアナログ半導体を多数ラインナップしています!