~Maker Interview~

メーカのHOTなトピックス、今最も注力している製品にフォーカスし、
開発現場や製品企画担当の方々に戦略や今後の方針を語っていただくコーナー。
※最新の業界動向を毎月お届けします。

ハンバーガーの調理と火災を高精度に判別、 青色光と赤外光を使う煙探知用モジュール

石井 聡氏 石井 聡氏

 世界的なアナログ半導体メーカーである米Analog Devices社。2020年7月にライバル企業である米Maxim Integrated Products社の買収を発表し、アナログ半導体事業のさらなる強化に乗り出した。

 しかし、Analog Devices社が掲げる未来戦略はこれだけではない。少し意外に聞こえるかもしれないが、「アナログからの脱皮」も同時に掲げている。具体的には、「センサー」と「ソフトウエア」の強化である。これらに同社が得意とするアナログ技術を組み合わせることで、新しい製品やソリューションを市場に投入する戦略である。

 この戦略によって生まれた新しい製品に煙検知器用光センサー・モジュール「ADPD188BI」がある。アナログ・フロントエンド(AFE)ICに発光ダイオード(LED)とフォトダイオードを組み合わせて、1つのパッケージに収めたものだ。今回は、アナログ・デバイセズ株式会社 デジタルデマンドジェネレーション技術戦略企画でシニアテクノロジストを務める石井聡氏に、煙探知器を取り巻く市場状況や、光センサー・モジュールの特徴、得られる煙探知器の性能などについて聞いた
(聞き手:山下勝己=技術ジャーナリスト)

煙探知器を取り巻く市場環境を教えて欲しい。

スペクトラム拡散クロック技術

図1: 煙探知器の重要性を裏付ける3つの事実
3つの事実とは以下の通り。第1に、米国では火災の死亡者の60%が煙検知器を設置していなかった建物で命を落としていること。第2に、米国では煙探知器が正常に動作していなかった建物での火災で死亡した人は全体の23%。第3に、1970年代に比べると火災発生時に避難できる時間が83%まで短くなっていることである。

石井 煙探知器は、人命を救う上で極めて重要な存在である。米国では、火災による死亡者の60%が煙検知器を設置していなかった建物で命を落としている(図1)。しかし、煙探知器が設置されていても、正しく運用していなければ人命を救えない。「煙探知器が機能しなかった」「アラームの誤動作が頻発したため煙探知器を止めていた」という煙探知器が動作していなかった建物での火災で死亡した人は全体の23%をも占めていた。つまり、火災による死亡者の実に83%もの人が煙探知器の恩恵にあずかれなったわけだ。もし、煙探知器を設置していたり、正常に動作していたりすれば、失われず済んだ命だったかもしれない。

 さらに、米国の住宅やオフィスで使われている建材の変化も、煙探知器の重要性を高める方向に働いている。1970年代に比べると合成素材の採用が増えているため、火災発生時に避難できる時間が83%まで短くなっているからだ。つまり、火の回りが早くなっている。それだけに、煙をいち早く検知してアラームを出して知らせることが重要になっている。

一方で、煙探知器メーカーはどのような課題を抱えているのか。

石井 大きく3つの課題を抱えている。1つは、既存の煙探知機では誤動作アラームが頻繁に発生してしまうことだ。この結果、ユーザーはスイッチを切ってしまったり、バッテリーを考案しないまま放置してしまったり、ビニールで覆ってしまったりする事態が多発している。2つ目は、外形寸法が大きいため、建物の美観を損ねてしまうことである。3つ目は、検出結果を知らせるワイヤレス通信を実装することが簡単ではないことである。

煙探知器には、技術基準や法規制等などはないのか。

石井 世界各国に法規制が策定されている。ただし、それをクリアしていても、煙探知器メーカーが抱える課題を解決できるわけではない。

 法規制は、世界各国で違う。欧州や米国、中国、日本などそれぞれ、異なる法規制があり、その国や地域で煙探知器を製品化するには、それに準拠しなければならない。例えば、米国ならば「UL217」、欧州ならば「EN54/EN14604」である。国際規格「ISO7240」も存在しており、中国などの法規制はこれに準拠している。

 こうした法規制では、煙探知器のテスト方法などを規定している。これに合格しなければ、製品化できない決まりである。こうしたテスト方法の中に、「ハンバーガー試験」という興味深いものがある。これは、米国の法規制で規定されているテスト方法だ。ハンバーガーを調理しているときの煙を検出してもアラームを出さず、火災による煙を検出したときだけにアラームを出すことが求められるものだ。いかにも米国らしいテスト方法である。

波長が違う2個のLEDを使う

今回発売した煙検知器用光センサー・モジュールについて説明してほしい。

42V入力、3.5V出力の同期整流方式の降圧型DC-DCコンバーターIC

図2: 煙探知器向け光センサー・モジュール
型番は「ADPD1889BI」。青色LEDと赤外LED、フォトダイオード、アナログフロントエンド(AFE)ICなどを1つのパッケージに収めた。AFEには、制御ブロックや、14ビット分解能のA-D変換器、20ビットのバーストアキュムレーター、LEDドライバーなどを集積している。パッケージは、実装面積が3.8mm×5.0mmの24ピンLGA。

高いスイッチング周波数でも高い変換効率を維持

図3: モールド・チャンバーの外観
光センサー・モジュールにかぶせて使用する。外形寸法は19.56mm×11.40mm。側面の柱は、虫などの侵入を防ぐ役割を担う。

高いスイッチング周波数でも高い変換効率を維持

図4: 電力転送比(PTR)
LEDからの出力電力と、煙に衝突してフォトダイオードで検出したLED光の電力の比を電力転送比(PTRsmoke)。さらに、モールド・チャンバーで覆うと、チャンバーの天井で反射されたLED光もフォトダイオードで検出してしまう。この電力転送比をPTRchamberとする。今回採用したモールド・チャンバーは、天井での反射を極力抑えたため、PTRchamberが小さい。このためPTRsmokeが大きくなり、ダイナミック・レンジを広げられる。

石井 サイレント・スイッチャ技術を説明する前に、LT8640の降圧型DC-DCコンバーターICとしての基本的な特徴を紹介させてほしい。LT8640は、サイレント・スイッチャ技術を適用していない同社従来品「LT8610」の基本構成を踏襲している。つまり、LT8610の特徴をそのまま受け継いでいるわけだ(図1)。その特徴は全部で4つある。

 発売した「ADPD188BI」は、アナログ・フロントエンド(AFE)IC、LED、フォトダイオードを1つの小型モジュールに収めたものだ(図2)。特徴は複数ある。例えば、オンチップのキャリブレーション(校正)機能を搭載しているためユーザー側での校正作業を大幅に軽減できることや、消費電力が少ないためバッテリー駆動時間を延ばせることなどである。

 ただし最大の特徴はこれらではなく、青色(470nm)と赤外(850nm)の2つのLEDを搭載した点にある。波長が異なるLEDを採用したため、煙の粒子サイズを把握できようになり、煙の種類を弁別することが可能になった。このためアラームの誤動作を大幅に減らすことが可能になる。前述のハンバーガー試験をクリアできる。

 さらにモールド・チャンバーにも特徴がある(図3)。これは、光センサー・モジュールにすっぽりとかぶせて使用するもので、外形寸法は19.56mm×11.40mmである。2つのLEDから出力された光は、空中に向かって斜め上に出力され、煙の粒子に衝突して反射し、フォトダイオードで検出される。このとき、煙の粒子に衝突しなかったLED光は、モールド・チャンバーの天井で反射され、フォトダイオードで検出されてしまう。今回採用したモールド・チャンバーは、天井での反射量(背面反射量)が極めて少なく抑えたことが特徴だ。表面形状の工夫や、表面を黒色に塗ることで反射量を抑えた。従って、LED光や外乱光などによるノイズ成分を最小限に抑えられる。つまり、電力転送比(PTR:Power Transfer Ratio)が大きくなり、煙検出器のダイナミック・レンジを広げられる(図4)。

 なお、モールド・チャンバーは当社の製品ではなく、米Accumol社が開発/製造したものである。

モールド・チャンバーの取り付けられている「柱」の役割は何か。

石井 モールド・チャンバーの中には、極めて低い抵抗で煙を導かなければならない。しかし、虫などが入ってくると、誤動作に直結してしまう。モールド・チャンバーの側面に用意した柱は、煙の流入を妨げることなく(エアフローに対して低抵抗で)、虫などの侵入を防ぐ役割を担っている。

モールド・チャンバーを使えば虫の侵入は防げるが、ホコリやチリの侵入は防げない。

石井 確かに、ゴミや汚れ、ホコリなどの侵入は防げない。従って、何らかの影響は受けるが、その影響を排除することは可能である。

 ゴミや汚れ、ホコリがたまるのには、比較的長い時間がかかる。実際には、数日〜数週間掛かってたまるため、その影響を受ける出力信号のゆっくりである。一方で、火災によって発生した煙による出力信号は瞬時に変化する。その違いは歴然としている。この変化の違いを使って、ゴミや汚れ、ホコリなどの影響を排除できる。実際に、「UL 217」には、「ダスト・テスト」と呼ぶテスト項目があり、ゴミや汚れ、ホコリなどの影響を排除する機能の搭載が求められている。

煙の粒度を判別できる

青色LEDと赤外LEDは、どのように利用しているのか。

スペクトラム拡散クロック技術

図5: ハンバーガーの調理による煙と火災による煙を判別する方法
ハンバーガーの調理による煙と火災による煙によって、青色光と赤外光の電力転送比(PTR)がいずれも異なる。この違いを利用して、両者を判別する。

石井 モールド・チャンバーに流入した粒子の大きさ(粒度)によって、青色光と赤外光の電力転送比(PTR)に違いが出る。これを使って、火災による煙なのか否かを判定する。つまり、ハンバーガーの調理による煙か、火災による煙かを判別できる(図5)。

 例えば、火災による煙と水蒸気で比較してみよう。水蒸気の場合は、青色光と赤外光のPTRの比率は1になる。一方、火災による煙の場合は、青色光のPTRが大きくなり、その比率はほぼ2になる。一般に、火災による煙の粒度の方が、水蒸気の粒度よりも大きい。つまり、青色光と赤外光のPTRの比率を測定することで、被測定物の粒度を把握できるわけだ。

火災による煙と、ハンバーガーの調理による煙も判別できるのか。

図6: 燃やす物質(素材)による電力転送比のプロファイルの違い

広い負荷領域で高い変換効率を実現

木を燃やしたとき(a)

広い負荷領域で高い変換効率を実現

紙を燃やしたとき(b)

広い負荷領域で高い変換効率を実現

ポリウレタンを燃やしたとき(c)

石井 燃やす物質(素材)によって、発生した煙の青色光と赤外光の電力転送比(PTR)のプロファイル(時間変化)が違ってくる。具体的には、木を燃やしたときなのか、紙を燃やしたときなのか、ポリウレタンを燃やしたときなのかによって電力転送比のプロファイルは異なる(図6)。当社では、この違いを判定するアルゴリズムを実装したソフトウエアを用意している。具体的には、「MATLAB」で動作するほか、Pythonによる「UL 217 projects」を提供している。

キャリブレーションについて、詳細を教えてほしい。

石井 製造工程の最終試験で、電子ヒューズ(eFuse)を使った出荷前校正を実施している。このため、部品間の精度は、±10%以内に収まる。従って、ユーザー(煙探知器メーカー)側での校正作業の負荷を大幅に削減できる。

競合他社品と比較した際のメリットとデメリットを教えてほしい。

 競合他社はディスクリート・ソリューションが多い。それと比べると大幅な小型化が可能になる上に、設計作業の労力を低減でき、キャリブレーションも簡単になる。さらに、製造中止に対する心配が少なくなることもメリットだろう。ディスクリート・ソリューションだと、採用した部品一つひとつの製造中止を気にかけなければならないが、モジュール・ソリューションであればそれだけの製造中止情報をチェックすれば済むからだ。ディスクリート・ソリューションに対するデメリットは思い当たらない。

 もちろん、競合他社にもモジュール品がある。しかし、それと比べると当社の製品の方が、性能が大きく上回る。

Arduino互換の開発プラットフォームも用意

リファレンス・デザイン(参照設計)は用意しているのか。

電源入力を2つに分割

図7: リファレンス・デザイン
リファレンス・デザイン「CN0537」を用意している。評価ボード、データセット、ソフトウエア(アルゴリズム)で構成されている。

石井 煙探知器の米国規格「UL 217第8版」に準拠したリファレンス・デザイン「CN0537」を用意している。

 このリファレンス・デザインは、大きく3つの要素から構成されている(図7)。1つは評価ボード。2つ目は、UL 217で記載されたテストに対応したデータ・セット「EVAL-CN0537-DATA」。様々な物質を燃やした場合の電力転送比(PTR)の基準データなどが収められている。各煙とかの条件における基準データ。3つ目は、前述のソフトウエア「EVAL-CN0537-ALGO」である。このほか参考回路図集や、評価ボードの回路図なども一緒に提供する。サンプル評価の用途であれば無償で提供するが、量産で使用する場合は有償になる。

評価ボードについて、もう少し詳しく教えてほしい。

電源入力を2つに分割

図8: 評価ボード
光センサー・モジュールや、ブザー、パワー・マネジメントICなどを実装した「EVAL-CN0537-ARDZ」。モールド・チャンバーを取り付けることで煙探知器として機能する。

石井 評価ボードは、2種類用意した。1つは、光センサー・モジュール「ADPD188BI」や、ブザー、パワー・マネジメントICなどを実装した「EVAL-CN0537-ARDZ」である(図8)。モールド・チャンバーも同梱されており、ボードにはこれを取り付けるネジ穴があらかじめ用意した。モールド・チャンバーを取り付けるだけで煙探知器として機能する。

 もう1つは、Arduino互換の開発プラットフォーム「EVAL-ADICUP3029」である。低消費電力のプロセッサ「ARM Cortex-M3」を搭載しており、ワイヤレス通信機能としてBluetoothと無線LA(Wi-Fi)の両方に対応している。この2つの評価ボードを組み合わせることで、煙探知機のプロトタイピングとソリューション開発/評価を実行できる。

煙探知器を量産する場合、モールド・チャンバーはどこから調達すればいいのか。

石井 モールド・チャンバーの販売代理店である米Arrow Electronicsから購入できる。

煙検出用内蔵型光モジュール
ADPD188BI

・2波長技術を使用した、煙検出用のフル機能測光システム
・光学モジュール内蔵(LED 2個、フォトダイオード2個)
・直接光の漏れ込みを防ぐよう設計されたカスタム・パッケージに集約

SMOKE DETECTOR
EVAL-CN0537-ARDZ

・Arduinoと接続して煙検出ができるADPD188BI評価用基板