※このインタビュー記事は、2019年3月に掲載した内容です。

2006〜2007年にかけてスマートフォンや携帯型ゲーム機などに採用され始め、瞬く間に市民権を得たタッチセンサー。今やその応用機器は、スマートフォンや携帯型ゲーム機に止まらず、白物家電や住設機器、FA機器、医療機器、オフィス機器、金融機関のATM、鉄道などの自動券売機などに広まっている。
タッチセンサーを実現する技術は複数ある。例えば、静電容量方式や抵抗膜方式、超音波方式、赤外線方式などである。その中でも静電容量方式は、多点検出が可能などの特徴が高く評価され、スマートフォンを中心とするさまざまな電子機器に採用されている。
米サイプレス セミコンダクタ社は、その静電容量方式のタッチセンサー市場を牽引する半導体メーカーだ。「CapSense®」と呼ぶ静電容量方式のタッチセンサー機能を搭載したマイコンを発売中である。その同社が新しいセンサー機能「MagSense™」を内蔵したマイコンを製品化し、それに対応したマイコン開発キットの提供を始めた。今回は、同社のマイコン事業部 マーケティング部でプロジェクト課長を務める末武清次氏に、MagSenseの原理や、その活用方法、対応するマイコンの特徴。開発キットの使い方などについて聞いた(聞き手:山下勝己=技術ジャーナリスト)。
「MagSense」とは、どういうものか。
末武 インダクティブ・センサーである。金属物体の近接などを検知できる。電子機器のユーザー・インターフェースとして利用できると考えている。例えば、スレッシュホールド値を設定しておけばボタンとして使える。静電容量方式のタッチセンサーでは、プラスチック製のボタンなどしか実現できなかったが、MagSenseを使えば見た目に高級感がある金属製のボタンを実現できるようになる。
どのような検出原理を採用しているのか。
末武 一般に、2つの金属の間には、相互インダクタンスが発生する。この相互インダクタンスは、2つの金属物体の距離で変化する。つまり、金属物体が近づいたり、遠ざかったりすれば、相互インダクタンスが変化するわけだ。MagSenseでは、この相互インダクタンスの変化を電流の変化として捉えて、金属物体の近接を検出する仕組みである。
どのようにセンサーを構成するのか、具体的に教えてほしい。
末武 例えば、インダクティブ・センサーを採用する電子機器にコイルを載せておき、発売したマイコンでこのコイルを駆動する。この状態で、金属物体がコイルに近づけば、相互インダクタンスが変化するため、コイルに流れる電流が変化する。この電流の変化をマイコンで測定することで、金属物体の近接を検出する近接センサーを実現できる。前述のようにスレッシュホールド値を設定しておけばボタンとして使える。さらにロータリ・エンコーダとして利用することも可能だ。
業界初のインダクティブ・センサー内蔵マイコン
MagSenseを搭載したマイコンの詳細を教えてほしい。

図1:「MagSense」を搭載したマイコン
「PSoC 4700」である。CPUコアには、英Arm社の「Cortex-M0+」を搭載。このほか、「CapSense」やシングルスロープ方式の10ビットA-Dコンバータ、2個の7ビット電流出力D-Aコンバータ、コンパレータなどを1チップに集積した。
末武 MagSense技術を搭載したのは、「PSoC® 4700」と呼ぶマイコンである(図1)。CPUコアには、英Arm®社の「Cortex®-M0+」を採用する。MagSenseのほかにも、静電容量方式のタッチセンサーであるCapSense技術も搭載しており、さらにシングル・スロープ方式の10ビットA-Dコンバータも内蔵している。このA-Dコンバータを使えば、温度センサーなどを外付けし、それで検出した信号をデジタル値に変換できる。つまり、PSoC 4700を1つ使うだけで、さまざまな物理量をセンシングできる。
なお、静電容量方式のタッチ・センサー機能を集積したマイコンを製品化している競合企業は存在するが、インダクティブ・センサー機能も集積したマイコンの製品化は業界初である。
CapSenseを使ってもボタンは作れる。原理の違いは理解できるが、実現可能なセンサー機能の違いを説明してほしい。
末武 CapSenseは、静電容量方式のタッチ・センサーの中でも水に強いという特徴がある。タッチする面に水が付着していても、問題なくタッチを検出できる。しかし、タッチ面が完全に水に浸っていると、さすがにタッチを検出できない。
しかし、MagSenseであれば、水の中でも問題なく機能する。MagSenseを搭載する電子機器が完全防水を実現できていれば、水没させた状態でもユーザー・インターフェース機能を利用できる。つまり、完全防水の電子機器を実現しやすくなるわけだ。
PSoC 4700の具体的な使い方を教えてほしい。
1つのPSoC 4700で、何個のインダクティブ・センサーを作り込めるのか。
MagSenseとCapSenseは同時に使用できるのか。
末武 同時に利用できる。従って、金属製のボタンとプラスチック製のボタンを1つの電子機器に作り込むことも可能になる。
検出距離の分解能はいくつか。
末武 距離測定の分解能は195nmである。16ビット相当の検出が可能である。
単機能ICと同程度の性能を実現できる
競合他社品と比較すると、性能や使い勝手はどのような位置付けになるのか。
末武 現時点ではまだ、インダクティブ・センサーを内蔵したマイコンは、競合他社から製品化されていないようだ。しかし、インダクティブ・センサーの単機能ICは製品化されている。そうした単機能ICと比較すると、PSoC 4700に搭載したMagSense技術の性能は上回っている。例えば、分解能については、MagSenseでは16ビットだが、競合他社品は12ビット。チャネル数は、MagSenseが16個で、競合他社品は4個。消費電流は、MagSenseが40μAで、競合他社品が72μAである。MagSense技術が実現可能な性能は、かなり高いと言って過言ではないだろう。
開発ツールとして何が使えるのか。
開発キットには何が含まれているのか。
末武 開発キット「CY8CKIT-148」には、PSoC 4700の実装のほかに、ボタンやロータリ・エンコーダなどを作り込んだボードと、メタル・ターゲット、USBターゲット、クイック・スタート・ガイドが含まれている(図5)。ボードに作り込んだボタンは、平面コイルの上に、人間が触れるとわずかにたわむ金属製ボタンを作り込まれている。この金属製ボタンを触れただけでタッチを検出できる。CapSenseで実現したボタンとほぼ同じような使用感でありながら、金属製ボタンを実現できる。
インダクティブ・センサーの設計難易度は高くないのか。
末武 設計に関する詳細情報は、アプリケーション・ノートに記載している。推奨デザインも用意しているので、それを参考にして作ってもらえば、比較的簡単に実現できるだろう。設計に対する基本的な考え方は、CapSenseのそれとまったく同じである。
MagSenseマイコン開発キット
PSoC 4700S Inductive Sensing Evaluation Kit “CY8CKIT-148”

メーカインタビューでもご紹介したPSoC 4700S Inductive Sensing Evaluation Kitを発売中です。
CY8CKIT-148 PSoC 4700S 誘導センシング評価キットは、PSoC 4700S MCUの設計とデバッグを可能にする低コストのハードウェアプラットフォームです。 このキットは、サイプレスの最新の誘導センシング技術であるMagSense™を使用したボタンと近接センサーを搭載しています。 さらに、ロータリーエンコーダなどのさまざまなインタフェースを評価するためにFPCコネクタが提供されています。