※このインタビュー記事は、2016年10月に掲載した内容です。

米サイプレス セミコンダクタ社は、近距離無線通信技術「Bluetooth Low Energy(BLE)」に対応した新しいソリューションである「PSoC 4 BLE」を2014年11月に市場投入した。この新しいソリューションは、CPUコアやメモリーなどに加えて、プログラマブルなアナログ・ブロックやデジタル・ブロックを1チップに集積した「PSoC(Programmable System on Chip)」がベースになっている。PSoCはすでに、産業機器や医療機器、民生機器などの幅広い分野で採用されている。新しいPSoC 4 BLEはこの実績が豊富なPSoCに、BLEに対応した無線通信機能を搭載したものだ。
そこで今回は、PSoC 4 BLEを製品化した背景や、ターゲットとする市場、競合他社品と比較した際のメリットなどについて、日本サイプレス 応用技術グループの栗川洋平(くりかわ・ようへい)氏に聞いた
(聞き手:山下勝己=技術ジャーナリスト)。
PSoC 4 BLEを製品化した背景を説明してほしい。
山田 背景にあるのは、「IoT(Internet of Things)革命」である。IoTでは、センサー機能やデジタル処理機能、無線通信機能を備えたモジュールをモノに搭載してインターネットに接続する。その結果、スマートフォンから部屋の温度を調整することが可能になるなど、モノの利便性を大幅に高められる。
すでに、IoT製品の市場投入は始まっている。例えば、フィットネス・モニターや心拍数モニター、スマート・エントリー・キーなどである。しかし、これらは始まりにすぎない。今後、多くのIoT製品が市場に投入される見込みだ。米国の調査会社(ABI Research)によると、2020年までに60億個もの日用品がインターネットに接続されるという。
IoTの市場規模は極めて大きい。この有望な市場を黙って見過ごす手はない。そこでPSoC 4 BLEを投入し、市場の開拓に着手したわけだ。
IoTを実現する無線通信技術は複数ある。例えば、ZigBeeやWi-SUN、無線LAN(Wi-Fi)などだ。
その中から、BLEを選んだ理由は何か。
山田 IoTの無線通信技術としては、2つのポイントが重要だと考えている。1つは、IoTシステムはバッテリ駆動が前提となるため、消費電力が低いこと。もう1つは、広く普及しており、さまざまな機器とつながることである。
この2つの条件に合致する無線通信技術とは何か。その答えはBLEだった。BLEは消費電力が極めて低い。さらにiPadやiPhone、MacBook、Galaxy、Nexus、ThinkPadなど、すでに12億台もの携帯機器に搭載されている。BLEは、IoT向け低消費電力無線規格のデファクト・スタンダードの座にあると言って過言ではないだろう。
3つの課題をすべて解決
現在複数の半導体メーカーが、IoT市場に向けてBLE関連チップを市場に投入している。そうした競合メーカーに対するPSoC 4 BLEのメリットは何か。
山田 現在、IoTシステムの開発に携わっているエンジニアは、大きく3つの課題を抱えている。PSoC 4 BLEを使えば、この3つの課題すべてを解決できる。これがPSoC 4 BLEのメリットだ。
3つの課題とは何か。具体的に説明しよう。1つは、無線通信機能を搭載したセンサー・システムの開発難易度が高いことである。競合他社の半導体製品では、マイコンとBLEチップが別々の場合が多い。その場合、それぞれの開発ツールを使いこなす必要がある。この作業はそう簡単ではない。もちろん、マイコンとBLE機能を1チップに集積した半導体製品を用意している競合他社もある。しかし、機能は1チップ化されているが、開発ツールは一本化されていない。2つの開発ツールの使い方を習得する必要がある。
PSoC 4 BLEであれば、開発ツール「PSoC Creator」を用意するだけで、マイコンやBLE機能を含めたチップ全体を設計/設定できる。従って、設計容易性が高まり、開発効率を大幅に向上する。
2つめと3つめの課題は何か。
山田 2つめの課題は、無線通信(RF)回路部のプリント基板設計が難しいことだ。アンテナの周辺部には、マッチング(AMN:Antenna Matching Network)回路が不可欠である。この回路は複数のコイルやコンデンサで構成するのだが、基板レイアウトや寄生成分の影響を受けやすい。このため、コイルやコンデンサの外付け部品数が増えれば増えるほど、特性調整の複雑さが劇的に高まってしまう。競合他社のBLEチップの場合は、7〜9個もの外付け部品が必要だった。このため、基板設計が極めて難しかった。一方、PSoC 4 BLEを使えば、外付け部品を2個(1個のコイルと1個のコンデンサ)で済む。ICパッケージにバランを内蔵したからだ。その分だけ、基板設計が簡単になり、実装面積も削減できるようになる。
3つめの課題は、競合他社のBLEチップを使ってIoTシステムを構成する場合、それがマイコンとBLE機能を集積した1チップ品だったとしても、どうしても外付け部品が必要になることだ。例えば、ある物理量をセンサー素子で検出する機能をIoTシステムに付加するには、オペアンプなどで構成したアナログ・フロントエンド(AFE)回路の外付けが必須だ。さらに、そのIoTシステムが、ユーザーが手に持って操作する携帯機器だった場合は、タッチスクリーン機能が必要になるだろう。それも外付けで用意しなければならない。
PSoC 4 BLEであれば、マイコンとBLE機能のほか、IoTシステムの構築に欠かせない周辺機能を数多く搭載している。具体的には、オペアンプやコンパレータ(比較器)、ADコンバータ、DAコンバータ、PWM信号発生器、タッチスクリーン機能(CapSense)、セグメント液晶用ドライバなどである。このため、非常に少ない外付け部品でIoTシステムを実現できるわけだ。
IoTシステム全体の消費電力を最小化
集積する機能が増えれば、その分だけ消費電力が増大する恐れがある。PSoC 4 BLEの消費電力は、どの程度なのか。
山田 消費電力については、2つの側面から見る必要がある。第1の側面は、BLEを使った無線通信に必要な消費電力である。PSoC 4 BLEにおける送受信時の最大消費電流は18.7mA。決して低い値ではない。しかしBLE機能は、ほとんどの期間、スリープ状態にあるため、IoTシステム全体に与えるインパクトはそれほど大きくない。1秒間隔で通信した場合の平均消費電流は18.9uAで競合他社と比較しても遜色ない値である。
第2の側面は、付加機能の消費電力だ。実は、IoTシステム全体の消費電力に与えるインパクトは、こちらの方が大きい。つまり、付加機能の消費電力を抑えれば、IoTシステム全体の消費電力を低減できる。
この点、PSoC 4 BLEは有利だ。多くの付加機能を1チップに集積しているため、各付加機能を簡単にオン/オフできるからである。実際のところ、アクティブ・モードのほか、スリープ・モード、ディープ・スリープ・モード、ハイバネート・モード、ストップ・モードという低消費電力モードを用意している。これらを使えば、IoTシステム全体の消費電力を低く抑えられる。
PSoC 4 BLEすべてに、タッチスクリーン機能やオペアンプなどが搭載されているのか。それとも、搭載しない製品も用意しているのか。
山田 大きく分けて2つの製品ポートフォリオがある。1つは「PSoC 4100」で、UDB(Universal Digital Block : 汎用デジタルブロック)を搭載していないタイプである。UDBはCPLDとDataPath(小機能のALU)からなる、AND・OR・NOT等の汎用ロジック, PWM・Timer等のデジタル機能, 加えてSPIやUART等のインターフェース機能を持たせることが出来るブロックである。UDBを搭載していないため、アナログ信号の取り回しがメインで、デジタル制御が若干必要な用途に向ける。CPUのクロック周波数は24MHzである。
なお、PSoC 4100とPSoC 4200のそれぞれに、メモリー容量が異なる2製品を用意している。256Kバイトのフラッシュメモリーと32KバイトのRAMを搭載した製品と、128Kバイトのフラッシュメモリーと16KバイトのRAMを搭載した製品である。このほか、静電容量式ボタン向け機能(CapSense)を搭載した製品と搭載しない製品も用意している。
さらにサイプレスは、無線マウスや無線キーボード、無線トラックパッドなどの用途に特化した「PRoC BLE」も製品化した。PSoC 4 BLEとの最大の違いは、プログラマブルなアナログ・ブロックを搭載していない点にある。
開発をサポートするツール群も完備
開発キットも用意しているのか。
山田 PSoC 4 BLEとPRoC BLEの市場投入とほぼ時を同じくして、開発キット「BLE Pioneer DVK」を発売した。これはベース基板と、PSoC 4 BLEモジュール、PRoC BLEモジュールを同梱したキットである。ベース基板には、デバッガ機能やライター機能、I/Oの引き出し機能などが搭載されており、いずれかのモジュールを挿入することで評価や検証を実行できる。このほか、前述のアプリケーション特化のPRoC BLE向けには、リファレンス・デザイン・キット(RDK)として、リモコンRDKタッチマウスRDKも用意している。
CY8CKIT-042-BLE Bluetooth Low Energy Pioneer Development Kit
CY4532 EZ-PD™ CCG3PA Evaluation Kit
低消費電力なセンサーベースIoTシステム設計のための評価・開発キット
1.PSoC Creator で完全なシステム設計を実現
2.使いやすい BLE Component でBLEプロトコルスタックとプロファイル コンフィギュレーションを簡素化
3.バランを統合していることでRF基板設計を簡素化
4.プログラマブルなAFEとデジタルロジックをCapSenseやARM Cortex-M0 CPU、BLE無線技術とともに搭載
5.5つのフレキシブルで使いやすい消費電力モードを提供