籠谷浩一氏(左) 石田悟史氏(右)
自動車の製造工場や半導体の製造ラインといった産業用途に向けたEthernet(イーサネット)。いわゆる「産業用Ethernet」が急速に市場に浸透している。かつて産業用通信/ネットワークでは、フィールドバスが主流だったが、これを置き換える形で産業用Ethernetの市場シェアが増加しており、その市場シェアは2021年に65%だったが、2025年には76%まで拡大する見込みだ。
現在、ヒロセ電機はこうした産業用Ethernetに向けた新しい産業機器用通信コネクタ「ix Industrial™」の普及に力を入れている。これまで広く使われてきたコネクタ「RJ45」の置き換えを目指す。今回は、ix Industrialの仕様や特徴、普及に向けた取り組みの現状、今後の市場拡大の見通しなどについて、同社の石田悟史氏 (営業本部 グローバルマーケティング部 商品企画課 係長)と、籠谷浩一氏(技術本部 産機事業部 角形技術課 係長)に話を聞いた。
(聞き手:山下勝己=技術ジャーナリスト)
ix Industrialとは何か。簡単に説明してほしい。
石田 ix Industrialは、産業用通信/ネットワークの用途に向けた「次世代コネクタ」である(図1)。開発に着手した背景には2つの狙いがあった。1つは、産業用Ethernet向けコネクタのデファクト・スタンダード(事実上の標準規格)の座を獲得すること。従来は、「RJ45」と呼ぶコネクタが使われていた。これはオフィス環境で使われることを想定して開発されたものであるため、外形寸法が大きい上に機械的な強度が低いという欠点を抱えていた。これを解決するために、小型化と堅牢化を実現させたのがix Industrialである。RJ45の次世代版のコネクタとして広く普及させたい。
もう1つは、産業用Ethernet以外の産業用通信/ネットワークもカバーできる小型で堅牢なコネクタを実用化することである。例えば、モータとエンコーダを接続する信号ラインや、RS-485やRS-232Cなどのインタフェース(フィールドバス)で使用するコネクタである。こうした用途でも、小型化と堅牢化が強く求められていた。
開発を主導したのは、ヒロセ電機なのか。
籠谷 当社と独HARTINGが主導して開発を進め、今から約8年前の2017年に初めて製品化した。現在は米国のコネクタ・メーカであるAmphenolもix Industrialの普及を推進する陣営に参加しており、規格作業やマルチソース化などに協力してもらっている。
国際規格を取得しているのか。
石田 もちろん取得済みだ。産業用Ethernetはオープン・ネットワークである。このため国際規格を取得しなければ、なかなか広く普及しない。そこで、すでに国際規格を取得しており、規格名は「IEC 61076-3-124」である。この規格では、プラグやレセプタクルの形状などを規定している。
具体的なアプリケーションは何か?
これらのアプリケーションと産業用Ethernetとの関係を教えてほしい。
石田 自動車や半導体など、さまざまな工業製品の製造ラインでは、基幹のネットワークとして産業用Ethernetが採用されているケースが多い。この産業用Ethernetを介して、上位層のPLCやFAパソコンと、下位層の各種コントローラやロボット、センサ、モータ駆動装置などが接続される。つまり、産業用Ethernetに接続される機器/装置がix Industrialのターゲット市場になる。
籠谷 現時点での採用事例としては、独Siemensのサーボ・アンプや、独Beckhoff AutomationのEtherCATボード、堀場エステックのマスフロー・コントローラなどがある。
産業用Ethernetとフィールドバスで採用が進む
産業用Ethernetは、通信プロトコルの違いで複数の規格/仕様がある。ix Industrialはすべての規格/仕様に対応できるのか。
石田 技術的には問題ない。データ伝送速度については、10GbE (10 Gigabit Ethernet)までであれば適用できる。
具体的には、どのような規格/仕様に対応できるのか?
石田 産業用Ethernetの代表的な標準規格としては、「PROFINET」が挙げられる(図3)。この規格を主導するのはSiemensであり、欧州を中心に普及している。次に挙げられるのは「EtherNet/IP」だろう。これは米Rockwell Automationが母体になり、規格化された。北米を中心に普及している。このほかでは、Beckoff Automationを中心に策定された「EtherCAT」や、三菱電機を中心に策定された「CC-Link IE TSN」などがある。CC-Linkはアジアを中心に普及が進んでいる。
いずれの産業用Ethernetも、従来は「RJ45」というモジュラー・タイプのコネクタを採用していたが、搭載する機器/装置の小型化や信頼性向上のためにix Industrialの採用に動いている、実際に、PROFINETやCC-Link IE TSNなどでは規格書の中で、推奨するコネクタとしてix Industrialを記載している。さらに、EtherNet/IPについても、その標準化団体のホームページにix Industrialに関する記述がある。このため、そう遠くない将来にEtherNet/IPでも正式採用され、規格書に掲載してもらえるように働きかけている。
冒頭で、モータとエンコーダの接続にも使えるという説明があったが、産業用Ethernet以外でターゲットとする市場は何か。
石田 従来、FA市場ではRS-485などが含まれる「フィールドバス」が盛んに使われていたが、これが現在はEthernet をベースとした産業用Ethernetに置き換わっている。フィールドバスの市場シェアは2021年に約22%だった。一方、産業用Ethernetの市場シェアは2021年に約65%。これが2025年には約71%まで拡大すると予想されている。
ただし、ix Industrialが狙う市場は、産業用Ethernetだけでなく、フィールドバスも含まれる。さらにマシンビジョン分野も有望な市場の1つだ。すでにカメラ・インターフェースである「GigE Vision」の規格書にix Industrialが記載されている。
RJ45ユーザの相当数が置き換える
現時点におけるix Industrialの普及状況について説明してほしい。
籠谷 市場調査会社の調査によると、ix Industrialの市場シェアは現在10%程度である。実際に、「次期標準コネクタとしてix Industrialを検討している」などの声が数多く当社に届いている。当社への問い合わせも年々増えている。
さらに「Ethernet接続は現時点では不要だが、フィールドバス接続や、モータとエンコーダの接続などでix Industrialを試してみたい」と顧客も数多くある。順調に市場が拡大していることを実感している。
現在のシェアは10%程度であり、市場において支配的な状況にあると言えない。短期間に急拡大しない理由があるのか?
石田 すでにケーブルを敷設している製造ラインなどでは、それをわざわざix Industrialに置き換えるのは難しいという事情はあるだろう。
籠谷 自動車や半導体などの製造ラインは、頻繁にリニューアルするわけではない。そのため、短期間に市場が急拡大しないのだと考えている。
もちろん、すべての顧客が小型化や堅牢性の問題を抱えているわけではない。そうした顧客は、ix Industrialの採用に対して積極的には動かない可能性が高い。しかし、小型化や堅牢性の問題を抱えていた顧客は、これまで解決するソリューションがまったくなかった。ix Industrialはそうした顧客に対して、解決策を初めて提示したことになる。今後こうした顧客は、設備をリニューアルする時期が訪れれば、ix Industrialに置き換えると見ている。特にロボットなどの用途では引き合いがかなり多いため、採用件数が増えていくと期待している。
実際のところ、これまでは、どのような理由でix Industrialを採用した顧客が多かったのか?
籠谷 やはりRJ45からの置き換えが多い。RJ45は、華奢(きゃしゃ)であり、比較的壊れやすい。このため産業用としては使いづらいため、ix Industrialの採用を決断した顧客が多い。もちろんRJ45を使用しているすべての顧客がix Industrialを採用する訳では無いが、今後相当数が置き換わると見ている。
ix Industrialと競合する標準規格は存在するのか?
籠谷 存在する。それは米TE Connectivityの「MINI I/O(ミニI/O)」である。この規格は10年以上前に策定されたもので、すでにIECにおいて国際規格として標準化されている。しかしマルチソース化などの点では、ix Industrialの方がかなり先行しているという認識である。
現在、ix Industrialのマルチソース化には、ヒロセ電機のほかにHARTINGとAmphenolが参加しているが、そのほかのコネクタ・メーカは対応品を製品化しているのか。
籠谷 現時点では、当社とHARTING、Amphenolの3社のみである。しかしIEC規格を取得し、物理的な寸法を公開しているため、3社以外のメーカも嵌合できるコネクタを製品化することが可能だ。実際に、すでにその動きが出てきており、中国メーカが対応品を製品化している。
耐久性や耐振性、耐ノイズ性などを改善
RJ45が抱える技術的な課題について、詳しく説明してほしい。
籠谷 そもそも当社がix Industrialの開発に着手したきっかけは、ある顧客から「RJ45では、たまに接触不良を発生して困っている」という相談を受けたことだった。その後、いろいろな調査を重ねたところ、RJ45は数多くの課題を抱えていることが分かった。
例えば、「ロックをかけるラッチがすぐ折れること」「プラグとレセプタクルのガタが大きくて振動に弱いこと」「ケーブルを端子に突き刺して接続を確保するピアッシング構造を採用しているため経年劣化によって接触不良を起こしやすいこと」「シールド性能が低いため外部ノイズが飛び込んだときに信号不良を起こしやすいこと」「キー機能が付いていないため多数個並べた際には誤嵌合を起こしやすいこと」「外形寸法が大きいためセット(機器/装置)を小型化しづらいこと」などである(図4)。
ix Industrialでは、これらの技術的な課題をどのように解決したのか?
籠谷 耐久性(壊れにくさ)については、樹脂製のラッチを金属製に変更することで解決した(図5)。耐振性は、プラグの側面に金属製のバネ構造を設けることを向上させた。レセプタクルに嵌合すると、このバネ構造がちょうど接触してガタ止めになるため、高い耐振性を実現できた(図6)。実際に顧客からは、ix Industrialに採用することで、耐振性が高まったという声をいただいているが、一方で耐振性をもっと高めてほしいという声もある。
そこでプラグの側面にディンプルを追加した「高耐振プラグ」も開発中である。この高耐振プラグを使えば、ガタつきによって微摺動摩耗が発生して信号ラインが瞬断するという現象を防止できる。振動が発生しやすい無人搬送車(AGV:Automated Guided Vehicle)などの用途に最適である。
ピアッシング構造が原因の接触不良問題は、どのように解決したのか?
籠谷 ピアッシング構造とは、より線(ライン)の中に針を突き刺して固定する方法である。このため温度が高くなったり低くなったりして、より線(ライン)が膨張したり収縮したりすると、固定部が徐々に緩んでしまう。さらにケーブル被膜が樹脂材なので、反発力が次第に弱くなり、固定部における接触が緩むことも起こり得る。つまり接触の信頼性に対する懸念があったわけだ。
そこでix Industrialでは、新たに圧接構造を採用した(図7)。これはスリットを用意し、その中に圧接刃で皮膜を切りながら芯線を圧入し、接触させる方法である。この構造であれば、温度サイクルをかけても、接触部(固定部)が緩むことはない。信頼性を高められる。
ただし、圧接構造には欠点がある。嵌合部のピッチに対して、結線部のピッチが横に広がってしまうことだ。この欠点については、接触部を千鳥配列にすることで横に大きく広がらないようにしたり、10芯構造を上5芯と下5芯に分けたりすることでサイズが大きくならないように工夫した。
ix Industrialの信頼性は、RJ45と比較するとどの程度高いのか?
籠谷 ix Industrialの製品規格表では、ロック操作性(挿抜回数)は5000回を保証している。RJ45はわずか200回だったため、信頼性は大幅に向上したことが分かるだろう。耐振性については、ix Industrialの対応周波数範囲が10〜500Hzなのに対し、RJ45は10〜55Hzだった。さらに温度サイクルは、ix Industrialでは−55〜+85℃において10サイクルを保証しているが、RJ45は5サイクルだけだった。
体積はRJ45比で約75%減
ix Industrialの外形寸法は、RJ45と比較するとどの程度小型化したのか?
耐ノイズ性についてはどうか?
データ伝送速度はどの程度まで対応できるのか?
籠谷 10GbE(10 Gigabit Ethernet)の伝送規格に対応したデータのやり取りが可能である。
石田 これは、1ライン当たり10Gビット/秒のデータを流せるという意味ではない。低データ伝送速度のラインを複数本束ねることで、10Gビット/秒のデータ伝送速度を実現できる。
ix Industrialではどのようなキー機能を用意しているのか?
今後、新製品を続々投入する予定
現時点におけるix Industrialの製品展開について教えてほしい。
籠谷 現在量産中の製品バリエーションは以下の通りである(図11)。レセプタクルは3種類用意している。すなわち、「縦型ライトアングル」「横型ライトアングル」「バーチカル」の3種類である。ライトアングルとは、実装する基板に対する挿抜口の向きを示す。実装後、基板に対して縦長になる製品が縦型ライトアングル、横長になる製品が横型ライトアングルである。一方、バーチカルは、レセプタクルの挿抜口が基板に対して垂直方向になる製品である。
プラグは2種類用意した。プラグを差し込む方向に対して、ケーブルがストレートに取り付けられた「ストレート」と、90度の角度で取り付けられた「ライトアングル」である。ケーブルの結線方法については、圧接結線タイプとはんだ付け結線タイプを用意した。
このほか、中継ジャックも用意しているため、伝送距離が足りない場合でも必要に応じて延ばすことが可能だ。
このほか特徴的な製品を紹介して欲しい。
籠谷 2025年5月には、ケーブル長を事前に決められない機器設置現場で、柔軟な結線作業を可能にするために「現場結線タイプ」をリリースした。防塵/防水規格である「IP67」に準拠した防水タイプのプラグも製品化した。産業機器用途では、防塵や防水が求められるケースが少なくない。これは、そうした要求に応える製品である。
今後の製品投入計画を可能な範囲で教えてほしい。
籠谷 現在、ix Industrialは次第に市場に浸透しつつある。このため多くのユーザに使ってもらえるようになり、そこから新しいニーズがいくつか見えてきている。例えば、ロボット・アームの内部における配線に向けて、細い信号ラインに対応したプラグである。今後、AWG30(直径0.255mm)のラインに対応したプラグを製品化する予定である。さらに高耐振プラグの製品化も予定している。












