~Maker Interview~

メーカのHOTなトピックス、今最も注力している製品にフォーカスし、
開発現場や製品企画担当の方々に戦略や今後の方針を語っていただくコーナー。
※最新の業界動向をお届けします。

SN比が高いMEMSマイクロフォン、スマートスピーカーの使い勝手をさらに高める

伊達奈央 氏

 さまざまな電子機器で、音声入力の採用が急ピッチで進んでいる。今や、スマートフォンでは音声入力が当たり前だ。さらに、2017年には「Amazon Echo」や「Google Home」、「LINE Clova WAVE」といったスマートスピーカー(AIスピーカー)が世界中で人気を博し、一般家庭での音声入力の機会を増やしている。

 電子機器において音声入力を実現するには、マイクロフォンの搭載が必須だ。従って、スマートフォンやスマートスピーカーなどが普及すれば、マイクロフォンの出荷数量もそれに応じて増加することになる。今後、市場規模が急拡大する可能性を秘めた電子デバイスだと言えるだろう。

 現在、マイクロフォンは大きく分けて2つの種類がある。エレクトレット・コンデンサ・マイクロフォン(ECM)とMEMSマイクロフォンの2つだ。そのうち独Infineon Technologies社は、MEMSマイクロフォンにおいて業界をリードする半導体メーカーの1社である。その同社が、「IM69D130」という新製品を市場投入した。そこで今回は、IM69D130の特徴や、ターゲットとするアプリケーション、今後の製品化予定などについて、インフィニオン テクノロジーズ ジャパン パワーマネジメント&マルチマーケット事業本部でアプリケーション・マーケティングを担当する伊達奈央(だて・なお)氏に聞いた
(聞き手:山下勝己=技術ジャーナリスト)。

Infineon社では、MEMSマイクロフォン事業にいつ着手したのか。

Infineon社でのMEMSマイクロフォン開発の歴史

図1:Infineon社でのMEMSマイクロフォン開発の歴史
2008年に最初の製品を投入。約10年の事業経験がある。

伊達 当社におけるMEMSマイクロフォンの歴史は古く、2008年に製品化を始めました(図1)。すでに10年の歴史があります。

 MEMSマイクロフォンは、アナログ信号出力品でも、デジタル信号出力品でもMEMS素子とASICで構成されます。その両者を1つのパッケージに収めて、MEMSマイクロフォンが完成します。当社は、MEMSもASICも自社で開発を進めています。

 従来のビジネスモデルはMEMSとASICを開発し、これらをパッケージング・パートナーに提供し、パッケージング・パートナーの製品として市場に販売する形態でした。

 今回、2018年からInfineonのブランドとしてパッケージ化したマイクロフォンを販売することになりました。

なぜこのタイミングでInfineon社製のマイクロフォンを販売することになったのか。

伊達 技術的に、より成長していきたいと思ったことが背景にあります。

 より良いマイクロフォンを開発する為には、お客様からより多くのフィードバックが必要であると考えました。自社のマイクロフォンを開発することにより、技術的に尖った製品を開発されるお客様から直接フィードバックを貰えるようになりました。
もちろん、今後もパッケージング・パートナーとの協業は進めてまいります。

Infineon社製のマイクロフォンの特徴は。

デュアル・バック・プレート構造

図2:デュアル・バック・プレート構造
1枚のメンブレン電極に対してバックプレート電極を2枚用意する。こうした音圧を検出するコンデンサを2つ形成し、それぞれの容量変化を差動検出することでS/N比を高める。

伊達 デュアル・バック・プレート(Dual Back Plate)と呼ぶMEMS技術が挙げられます。(図2)。

 一般的には、シングル・バック・プレート(Single Back Plate)と呼ぶ素子構造を採用している企業が多いです。これは、音圧によって振動するメンブレン電極に対して、バック・プレート電極を1つ設けたタイプです。従って、2つの電極からなる1つのコンデンサで音圧を検出することになります。

 一方で、デュアルバックプレートは、THD(1%)をさらに高めるために改良された素子構造になっています。2012年に実用化した製品で、メンブレン電極の上下にバック・プレート電極を設けています。つまり、上下にある2つのコンデンサで音圧を差動検出します。このため、同じ全高調波歪み(THD)であればより大きな音を歪みが少なく入力できるようになりました。

ECMに対するMEMSマイクロフォンの優位性は何か。

伊達 そもそもECMは、個々の製品のばらつきが大きいという問題を抱えています。しかも一般的には耐熱性が低いため、リフローはんだ付けに対応していません。一方のMEMSマイクロフォンは、この問題をすべて解決できます。半導体プロセスで製造するため、製品ばらつきも非常に小さいです。リフローはんだ付けについては、半導体素子であるため問題なく対応できます。

SN比69dBのマイクロフォン

今回の新製品「IM69D130」の特徴は何か。

高い最大入力音圧レベル(AOP)を実現

図3:高い最大入力音圧レベル(AOP)を実現
AOPは130dBSPLと高い。全高調波歪み(THD)が1%以下におけるAOPは128dBSPLを確保した。

伊達 最大入力音圧レベル(AOP)は130dBSPLと高いため(図3)ロックコンサートの様子を歪まずに携帯型レコーダーに収めることが可能になります。それでいて、最小の入力音圧レベルは25dBSPLと小さいままです。ベッドルームでの布団の擦れる音くらいの小さな音も録音できます。つまり、ダイナミックレンジが105dBと極めて広いことも大きな特徴です。

 さらにSN比が極めて高い特徴もあります。デジタル信号出力品では、69dB(A)のSN比を確保しています(図4)。競合他社品の中でも最もSN比が高い製品は65.5dB(A)です。その差は3.5dB。一般にSN比の差が6dBあれば、理論的には距離が2倍離れた場所の音を検出できるようになります。従いまして、競合他社品に比べて、1.5倍離れた場所の音を拾えるようになる計算です。

どうやってSN比を高めたのか。

69dB(A)と高いSN比が得られた2つのポイント

図4:69dB(A)と高いSN比が得られた2つのポイント
1つは、MEMSのチップサイズの面積を1.9mm×1.9mmに大型化したこと。もう1つは、ASICに集積した低雑音アンプ(LNA)やA-Dコンバータのノイズ特性を改善したことである。

伊達 SN比を高めることができた理由は大きく分けて2つあります。1つは、音圧を受けて振動するMEMSのチップサイズの寸法を大きくしたことです。面積は1.9mm×1.9mmと大きくなりました。このため、パッケージの外形寸法は4mm×3mm×1.2mmと少し大きめなパッケージサイズとなっています。

 SN比を高められたもう1つの理由は、ASICに集積したアナログ回路の性能を高めたことです。具体的には、低雑音アンプ(LNA)とΔΣ(デルタ・シグマ)型A-Dコンバータのノイズに対する特性を高めています。

スマートスピーカーやテレビなどを狙う

どのような製品をターゲットにしているのか。

スマートスピーカーやテレビなどを狙う

図5:スマートスピーカーやテレビなどを狙う
ターゲットとするアプリケーションとしては、スパートスピーカーやテレビ、スマートアプライアンス、カンファレンスシステムなどを挙げる。

伊達 ターゲットのアプリケーションはスマートスピーカーなど、遠くの音を収音するようなアプリケーションです。(図5)。これらの機器は、遠いところからの音を集音するため、高いSN比が必要なだけでなく、自ら音を出力する上に、周囲環境の音圧レベルが比較的高い場所に設置されます。このため最大入力音圧レベルが大きくないと歪んでしまいます。さらに、遠くから話し掛けるケースもあるので、その際は高いSN比が求められます。

実際に発売した新製品をスマートスピーカーに搭載すると、ユーザーはどのようなメリットを得られるのか。

伊達 実際にスマートスピーカーに搭載して、どのくらい遠くの音を検出できるのかという実験を行いました。比較対象は、現在製品化されているスマートスピーカーと、弊社のマイクと音声処理のDSPを組み合わせたものです。現行のスマートスピーカーでは5mぐらい離れた音しか検出(認識)できないのに対し、Infineon製のマイクと音声認識DSPの組み合わせだと、10m近く離れていても、高い認識率が得られました。それだけSN比が高いと言えます。

スマートスピーカー以外のアプリケーションはどうか。

伊達 テレビも有力なアプリケーションだと考えています。最近では、リモコンの代わりに音声入力が普及しつつあります。今後、こうしたテレビが増えていくでしょう。このほか、ノートパソコンの音声入力用途や、電子レンジや冷蔵庫などのスマートアプライアンス、LED電球やエアコンなどのスマートホーム対応機器、話者の方向検出機能を備えたカンファレンスシステム、声紋認証機能を搭載したセキュリティ機器などもあります。

今後の製品開発ロードマップはどのような予定か。

伊達 SN比をさらに高めたMEMSマイクロフォンの開発を進めています。近い将来、72dB(A)品や74dB(A)品を市場に投入する予定になっています。

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