
「Trillion Sensors Universe」と呼ぶ構想をご存知だろうか。毎年1兆個を超えるセンサーを地球上のあらゆるところに取り付け、多種多様な問題を解決することを目指した構想である。2023年には実現されると予想されている。
こうしたセンサーには、さまざまな種類があるが、その1つに気圧センサーがある。気圧センサーは大気圧を測定するものだ。大気圧は、高度によって変化する。従って、大気圧を高い精度で測定できれば、「いまビルの何階にいるのか」「階段を何段上ったのか」「地上何mの地点を飛行しているのか」などの情報が把握できるようになる。すでにドローンやウエアラブル機器、医療用はかり、カーナビ装置などで採用が始まっている。
独Infineon Technologies社は、こうした用途に向けて、デジタル出力の気圧センサー「DPS310」を製品化している。今回は、製品の技術的な特徴や、性能面で優れている点、今後の開発目標などを、インフィニオン テクノロジーズ ジャパン パワーマネジメント & マルチマーケット事業本部でアプリケーション・マーケティングを担当する伊達奈央(だて・なお)氏に聞いた
(聞き手:山下勝己=技術ジャーナリスト)。
Infineon社がデジタル気圧センサーの開発に着手した理由は何か。
DPS310の最大の特徴は何か。
伊達 測定精度がきわめて高いことだ。高精度測定モードでは±0.6Paであり、高度に換算すると±5cmになる。
なぜ、測定精度が高いのか。競合他社品に比べると、どのような位置付けになるのか。
伊達 測定精度が高い最大の理由は、静電容量方式でインフィニオン独自の構成を採用している点にある。基板の上に、空洞部を介してメンブレン(薄膜)を作り込んでおり、大気圧を受けるとメンブレンがたわむ。この結果、基板上の電極とメンブレンで構成されたキャパシタの静電容量が変化する。これを検出することで、大気圧を求める仕組みだ。一つのデバイスに固定したメンブレンと可変するメンブレンを搭載して差動動作させることで温度による影響を減らしている。
競合他社の多くは、ピエゾ(圧電)方式を使っている。ピエゾ素子は、温度特性が良くない。動作温度が変化すれば、測定結果が大きく変わってしまう。しかも、測定結果の温度特性が2次曲線となるため、温度補正が掛けにくい。このためピエゾ方式は、広い動作温度範囲において高い測定精度が得られない。
ところが静電容量方式は、測定結果の温度特性が1次曲線であるため、比較的簡単に温度補正が掛けられる。このため、+25℃においては±0.6Pa(±5cm)と極めて高い測定精度が得られる。300〜1200hPaと極めて広い温度範囲においても±1hPa(±8m)と高い測定精度を保証でき、600〜1100hPaでは±20Pa(±2m)の誤差である(図2)。
48通りの測定モードを用意
このほかの特筆すべき特徴は何か。
伊達 特筆すべき特徴はもう1つある。アプリケーションに応じて、最適な測定モードを選択できることだ。具体的には、測定精度や消費電流が異なる3つの測定モードを用意している(図3)。「ロー・パワー・モード」「スタンダード・モード」「高精度モード」である。
例えば、長時間かけて歩くウォーキングの運動量(カロリー)測定などのアプリケーションでは、急激な高度変化は起きない。このため測定精度はあまり重要ではない。しかし、長い時間にわたって測定し続ける必要があるため、低消費電力であることが求められる。こうしたアプリケーションには、ロー・パワー・モードが向く。オーバーサンプリング回数を2回に、測定時間を5.2msに設定することで、測定精度は±5.0Pa(±50cm)と若干低くなるが、消費電流を3μAに抑えられる。
一方で、ランニングによる運動量を測定するアプリケーションでは、高度変化が比較的激しいため、高い測定精度が求められる。その方が運動量を正確に求められるからだ。消費電力に関しては、ランニング時間はせいぜい1時間前後というユーザーが多いだろう。従って、消費電力は若干多くても問題ない。そこでオーバーサンプリング回数を64回に、測定時間を105msに設定した。±0.6Pa(±5cm)と極めて高い測定精度が得られるが、消費電流は40μAと若干多くなる。
ここでは、2つの測定モードを紹介したが、実際はもっと多くの測定モードを用意しており、ユーザーはアプリケーションに応じて最適なモードを選択できる。オーバーサンプリング回数と測定時間いずれも、8種類の選択肢を用意している。従って、その掛け算である64通り、実際にはそのうち16通りは選択できないので、全部で48通りの中から測定モードを選択できる(図4)。これだけ多くの選択肢があれば、アプリケーションごとに最適な測定モードを選べるはずである。
発売したデジタル気圧センサーにはこのほか、どのような機能が搭載されているのか。
伊達 デジタル気圧センサーを電子機器に組み込むメーカーの使い勝手を高めるべく、FIFO(First-in First-out)メモリーを搭載した。最大で32個の測定データを格納できる。デジタル気圧センサーにマイコンがアクセスする回数を最小限に抑えられ、マイコンがスリープ・モードの期間の期間を延ばせるため電子機器全体の消費電力を低減できる。
その一方で、スムージング・フィルタは搭載しなかった。スムージング・フィルタとは、スパイク状の測定結果を、その前後の測定結果を使って平均化して出力する機能のことである。競合他社は、搭載しているケースがある。しかし、デジタル気圧センサーにスムージング・フィルタを内蔵してしまうと消費電流が増えてしまう。外付けのマイコンで実行した方が消費電流は低く抑えられる。このため当社では搭載しなかった。
マイコンとの接続用にI2C・SPIインターフェースを用意している。
パッケージの情報を教えてほしい。
伊達 パッケージは、外形寸法が2.0mm×1.5mm×0.95mmと小さい8ピンLGAである。競合他社品の同等以下の外形寸法であり、ドローンやウエアラブル機器、スマートフォンなどに問題なく搭載できる大きさだ。
防水対応品を開発中
評価ボードを用意しているのか。
なぜ8個ものデジタル気圧センサーを搭載しているのか。
伊達 当社のデジタル気圧センサーの個体差が小さいことを実証するためだ。一般にデジタル気圧センサーは、個体差が比較的大きいといわれている。気圧を測定する素子自体のバラツキに加えて、プリント基板に実装する際のリフローはんだ付けの工程で高熱を印加されると特性が変化してしまうためだ。しかし、当社のデジタル気圧センサーは、ゼロ点のキャリブレーションを掛けることなどで、個々のデジタル気圧センサーのバラツキを大幅に抑えている。このことを実証するために8個のデジタル気圧センサーを搭載した。
もう1つの評価ボードは「Sensor Hub nano」で、1個のデジタル気圧センサーとBluetooth4.0対応の無線通信機能などを搭載した。測定結果をAndroid対応スマートフォンに送り、専用アプリで測定結果を見ることができる。
今後の製品開発の方向性を教えてほしい。
伊達 現在、防水性(ウォーター・プルーフ)を備えたデジタル気圧センサーを開発中である。デジタル気圧センサーやMEMSマイクロホンは、圧力の変化を検出するため、どうしてもパッケージに穴を用意する必要がある。このため、防水性を確保するのは難しかった。
実現方法は大きく分けて2つ考えられるだろう。1つは、防水性と透湿性を備える素材を張ること。もう1つは、防水性と透湿性を備えるジェルで穴を埋めてしまうことである。現時点では、防水性と透湿性を備えるジェルで穴を埋めてしまうことで防水性を実現する方向で開発を進めている。
さらにMEMS素子とA-D変換器などを1チップ化したデジタル気圧センサーの開発にも取り組んでいる。1チップ化することで、低背化に加えて、低価格化を実現できる。
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