現在、身の回りにある電子機器のほとんどが組み込みシステムと言って過言ではない。組み込みシステムとは、ハードウエアとソフトウエアで構成されたコンピュータ・システムのことだ。
いま、この組み込みシステムの開発現場において、ある問題が深刻化しつつある。それは、組み込みシステムのハードウエアとソフトウエアの構成比率において、ソフトウエアの占める割合が高まり続けていることだ。もちろん、それに合わせてソフトウエア・エンジニアを増やせば問題は解決できるだろう。しかし、この方法による解決は難しい。ソフトウエア・エンジニアの育成には、比較的長い月日が必要だからだ。新たに雇用すればソフトウエア・エンジニアを増やせるが、そもそも組み込みシステム業界全体でソフトウエア・エンジニアが不足しており、そう易々とは、雇用できないのが実情だ。
どうすれば、この問題を解決できるのか。その解決策としてルネサス エレクトロニクスは、新しい組み込みシステム向けプラットフォーム「Renesas SynergyTM」を開発した。このプラットフォームを使えば、組み込みシステムに向けたソフトウエアの開発期間を短縮できるとともに、ソフトウエア開発に必要な総所有コスト(TCO:Total Cost of Ownership)を削減できるという。Renesas Synergyとは何なのか。プラットフォームのコンセプトや構成内容、ユーザが得られるメリットなどについて、同社の葛西信也氏(グローバル・セールス・マーケティング本部 日系営業戦略部 プロダクト・マーケティング課 課長)に聞いた(聞き手:山下勝己=技術ジャーナリスト)。
現在、組み込みシステムの開発では、ソフトウエアの占める割合が高まり続けているようだ。
この結果、組み込みシステム開発の現場では何が起きているのか。
葛西 実際に、それを確かめるべく、多くの業界関係者に聞き取り調査を行った。そこからは、数々の課題が浮かび上がってきた。集約すると次の3つになる。
1つは、開発期間が長期化し、タイム・ツー・マーケット(Time to Market)を実現できないこと。統計的に見ると、遅延した組み込みシステムの開発プロジェクト数は右肩上がりに増えている。
2つめは、総所有コスト(TCO)が増加していることだ。開発コストが膨らんでいることに加えて、市場投入後のメンテナンス・コストも増えている。
3つめは、開発初期にさまざまな障害が存在することだ。マイクロコントローラのスペック(特性)の理解や、使用する開発ツールの検討、ソフトウエア導入時のライセンス契約など、多くの作業をこなさなければならない。組み込みシステムのベンダーにとって、大きな負担となっている。
組み込みシステム向けの「Android」
こうした課題を解決する「Renesas Synergy」とは何か。その中身を説明してほしい。

図1 Renesas Synergyの構成図
5つの要素から成る。すなわち「Renesas Synergy ソフトウエア」、「Renesas Synergy マイクロコントローラ(マイコン)」、「Renesas Synergy 開発環境」、「Renesas Synergy ギャラリー」、「Renesas Synergy ソリューション」である。
葛西 Renesas Synergyとは、組み込みシステム開発に向けたプラットフォームであり、5つの要素から構成されている(図1)。つまり、「Renesas Synergy ソフトウエア」、「Renesas Synergy マイクロコントローラ(マイコン)」、「Renesas Synergy 開発環境」、「Renesas Synergy ギャラリー」、「Renesas Synergy ソリューション」の5つだ。
Renesas Synergy ソフトウエアのコアを成すのは、「Synergy Software Package(SSP)」である。これは、当社が動作や性能を保証したソフトウエア群である。具体的には、リアルタイムOS(RTOS)「ThreadX」、ファイル・システム、アプリケーション・フレームワーク、機能ライブラリ、HAL(Hardware Abstract Layer)ドライバ、BSP(Board Support Package)などが含まれている。
組み込みシステムの開発エンジニアは、これを入手して、実装(インテグレーション)するだけでよい。検証作業は不要だ。つまり、API(Application Programming Interface)よりも階層が低いソフトウエアはすべてルネサスが用意することになる。現在、組み込みシステム開発全体の2〜4割の作業量を占めている低層ソフトウエアの開発は一切必要ない。この結果、ソフトウエア・エンジニアは、アプリケーション・ソフトウエアの開発に専念できるようになる。
図1にある「QSA(Qualified Software Add-ons)」と「VSA(Verified Software Add-ons)」とは何か。
葛西 いずれもアドオン・ソフトウエアである。QSAはルネサスが、VSAはパートナー企業(サード・パーティ企業)が提供するものだ。プロトコル・スタックやアルゴリズム処理プログラムなどが対象となる。いずれも、後述する「Renesas Synergy ギャラリー」というウエブサイトに並べられ、組み込みシステムの開発エンジニアがダウンロードできる。
SSPは追加費用無しで入手、最終製品への適用が可能で、QSAやVSAの使用には別途ライセンスが必要となる。携帯電話システムにおけるソフトウエア・プラットフォーム「Android」にかなり似たコンセプトだと言えるだろう。
マイクロコントローラには、何が使えるのか。

図2 Renesas Synergyに対応したマイクロコントローラの製品ポートフォリオ
現時点(2016年2月)での製品ポートフォリオである。
「S1」、「S3」、「S5」、「S7」の4シリーズを用意している。
葛西 マイクロコントローラは、Renesas Synergyに向けて、新たに4つのシリーズを開発した(図2)。「S1」、「S3」、「S5」、「S7」の4つのシリーズで、いずれも英ARM社のARM®Coretex®-Mコアを搭載した32ビットのマイクロコントローラである。
S1は、Cortex-M0+コアを搭載しており、最大クロック周波数は32MHzである。S3は、Cortex-M4コア搭載で、クロック周波数は32M〜100MHz。セグメント液晶パネル用ドライバを搭載する。S5もCortex-M4コア搭載で、クロック周波数は100M〜200MHz。S7もCortex-M4コアを搭載しており、クロック周波数は200M〜300MHzと高い。TFT液晶パネル用ドライバを搭載している。
4つのシリーズとも、パッケージのピン配置の互換性を確保した。パッケージが違っても、ピンの配置場所は同じだ。さらに、レジスタのマッピングも、4つのシリーズで共通にした。ハイエンドのマイクロコントローラほどレジスタの番地数は多くなるが、同じ機能は同じ番地をアサインしており、ハイエンドになるにしたがい増える機能については、追加するかたちで番地をアサインしている。
この結果、1つのシリーズでアプリケーション・ソフトウエアを一度開発しておけば、そのほかのシリーズへ簡単に展開できる。
どのようなアプリケーションに向けるのか。
葛西 産業機器や家電機器、通信機器、IoT機器、携帯機器などの幅広い用途に適用できる。ただし、品質グレードとして車載用途向けには対応しない。
マイクロコントローラをゼロから開発
ルネサス エレクトロニクスと競合関係にあるマイクロコントローラのベンダーも、ソフトウエア開発の労力を軽減するプラットフォームやパッケージを用意している。Renesas Synergyは、そうした競合他社の取り組みと何が違うのか。
葛西 確かに、競合ベンダーも、ソフトウエア・パッケージやサンプル・コードなどを提供している。しかし、そうしたソフトウエアのほとんどが、動作を完全に保証しているわけでないため、組み込み機器メーカー側での検証作業などが必要である。このため、ソフトウエア開発の労力はそれほど軽減できていないとみている。
競合他社には実現できなかったことが、なぜ今回ルネサスでは実現できたのか。
葛西 マイクロコントローラの全シリーズで低層ソフトウエアを共通にし、しかも動作と性能を保証する。これを実現するには、マイクロコントローラ開発の初期段階から作り込んでいかなければならない。従って、開発には長い年月が掛かる。Renesas Synergyの開発がスタートしたのは2013年。実に、約3年もの月日を要した。競合他社は、すでに製品化しているマイクロコントローラのシリーズに、後付けで実現しようとしている。それでは、低層ソフトウエアの動作と性能の保証、スケーラブルな製品展開は難しいだろう。
ルネサスには、「RXファミリ」や「RL78ファミリ」などの独自コアがある。
なぜ、そうした独自コアを使わずに、ARMコアを採用したのか。
葛西 VSAの存在が大きい。確かに、日本国内であれば、RXファミリやRL78ファミリのユーザが多い。しかし、今後市場が拡大するIoT機器の開発が最も盛んなのはシリコンバレーだろう。そこで働くエンジニアの多くがARMコアに対応したソフトウエアを開発している。従って、パートナー企業が開発するVSAの品ぞろえを充実させ、エコシステムとして拡大させるにはARMコアの採用が欠かせないと判断した。
RXファミリやRL78ファミリにも、Renesas Synergyと同じ仕組みを適用する予定はあるか。
なぜ、そうした独自コアを使わずに、ARMコアを採用したのか。
葛西 その予定はない。RXファミリとRL78ファミリは、ある意味、特定の用途に特化あるいは進化してきたマイクロコントローラという位置付けだ。例えば、RL78ファミリであれば、低消費電力が最大の特徴であり、消費電力を極限までそぎ落とす必要がある用途に向く。一方、Renesas Synergyで提供するマイクロコントローラは、汎用性が最大の特徴であり、超低消費電力のみが求められる用途に最適とは言えない。
新規開発のリスクが大幅に減る
Renesas Synergyを構成する残る3つの要素について説明してほしい。
葛西 Renesas Synergy 開発環境とは、開発ツールと開発/評価キットのことだ。開発ツールとしては、従来の統合開発環境(IDE)であるe2 studioをベースに、Renesas Synergyに向けたソフトウエアを実装したISDE(Integrated Solution Development Environment)を提供する。開発/評価キットも、各シリーズに対応したボードを複数用意した。
Renesas Synergy ソリューションは、ルネサスやパートナー企業が開発した製品例(PE:Product Example)やアプリケーション例(AE:Application Example)を組み込み機器メーカーに提供する仕組みだ。これらのハードウエアの設計データや部品リスト(BOM)、サンプル・コードなどをまとめてユーザに提供する。
Renesas Synergy ギャラリーは前述した通り、登録制のウエブサイト(クラウド・サービス)である。ここでSSPや開発ツール、各種アドオン・ソフトウエア(QSAとVSA)などをダウンロード可能だ(図3)。
Renesas Synergyを利用すれば、ソフトウエアの開発期間をどの程度短縮できるのか。
葛西 IoT関連装置を開発するA社の例だと、ソフトウエアの開発に従来は8.5カ月を要していたが、Renesas Synergyの導入で5カ月に短縮できる。この結果、タイムリーな市場投入が可能になり、アプリケーション・ソフトウエアに付加価値を盛り込むことも可能になる。
マイクロコントローラは、どのような価格になるのか。
葛西 Renesas Synergyではマイクロコントローラの単価は設定していない。SSPや開発環境、さらにはサポートやメンテナンスまで含めたプラットフォームとしての価格設定をしている。当然、従来のマイクロコントローラ単体と比較するとその分の付加価値が価格に反映されている。開発コスト全体で評価してもらえれば、既存のソリューション(マイクロコントローラ)を採用した場合に比べれば、かなりのコストが削減できるはずだ。
さらに新規開発のリスクを低減できるというメリットも見逃せない。既存のソリューションであれば、数千万円の初期費用を掛けて、リアルタイムOSや各種ミドルウエア、開発ツールなどを用意してからプロジェクトをスタートさせる。しかし、すべてのプロジェクトが上手くいくとは限らない。その中には、量産数量が当初期待した数値に達しないケースも出てくる。その場合は、初期費用が重くのしかかるわけだ。
Renesas Synergyを使えば、この心配は一切ない。見通しが不透明なプロジェクトでも、リスクを抑えられるため、果敢にチャレンジできるようになるだろう。
このほか、ソフトウエアのライセンス契約を簡単に締結できるというメリットもある。Renesas Synergy ギャラリーのウエブサイト上で、評価ライセンスや開発/量産ライセンスを締結できるため、煩わしい手間も大幅に削減が可能だ。
Renesas Synergy™
キャンペーン情報

キャンペーン概要

応募期間
2016年3月15日(火) ~ 4月15日(金) まで
プレゼント内容
Renesas Synergy Starter Kit (SK-S7G2) を抽選で5名様にプレゼント
応募資格
チップワンストップに会員登録されている方
登録頂いた情報につきましてはルネサス エレクトロニクスと
共有させて頂きますこと予めご了承願います。
*個人情報の取扱について
当社利用規約に基づき運用いたします。
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当選発表
2016年4月下旬予定
※ご当選者にはメールにてご連絡させていただきます。
製品紹介
Starter Kit「SK-S7G2」
特徴:低価格にも関わらず、Synergyのほぼ全ての機能を評価できる評価ボード
• ほぼ全端子、機能の評価可能
• BLEモジュール搭載
• On-BoardJ-Linkデバッガ搭載
• Pmodコネクタによる拡張性
• SSP動作保証の基準ハードウェア
プレゼントキャンペーンのご応募は終了とさせて頂きました