
IoT(Internet of Things)市場が急速に拡大している。市場調査会社であるIDC Japanは、日本国内のIoT市場の規模が2022年に12兆円に達すると予測している。従って、IoTセンサー端末を構成するマイクロコントローラ(以下マイコン)やセンサー、無線通信モジュールなどの電子部品の市場規模も急拡大するのは間違いないだろう。
さらに、急成長が期待されているのがクラウド・サービスだ。IoTシステムでは、さまざまな場所に取り付けたIoTセンサー端末を使って各種データを取得し、無線通信機能を介してクラウド環境にアップする。その後、クラウド・サービスを利用してビッグデータ解析を実行し、その結果をアプリケーションで活用するわけだ。
ルネサス エレクトロニクスは、マイコン業界を牽引する半導体メーカーの1社である。民生用や産業用、車載用などの電子機器で数多く採用されている。当然ながら、こうした電子機器メーカーは、クラウド・サービスの活用を含めたIoTシステムの構築を急いでいる。そこでルネサス エレクトロニクスは、こうした電子機器メーカーの動きをサポートすべく、32ビット・マイコンの主力製品「RX65Nグループ」を使って、米アマゾン ウェブ サービスのクラウド・サービス「AWS(Amazon Web Services)」を利用するためのソリューションを開発した。
ソリューションは3つ用意した。それぞれのソリューションは、どのようなものなのか。同社のIoT・インフラ事業本部 IoTプラットフォーム事業部 IoTプロダクトマーケティング第二部の近藤慶太郎(こんどう・よしたろう)氏と、IoT・インフラ事業本部 ソフトウェア開発統括部 ソフトウェアプラットフォーム開発部 ソフトウェア開発課 課長の石黒裕紀(いしぐろ・ひろき)氏に、各ソリューションの特徴や活用方法、ターゲットとする用途などを聞いた
(聞き手:山下勝己=技術ジャーナリスト)
RXマイコンに対応した3つのクラウド・ソリューションとはどのようなものか
新しい2つのクラウド・ソリューションを理解するために、まずは1つめのRSKのAmazon FreeRTOS対応について説明してほしい
近藤 RSKのAmazon FreeRTOS対応は、32ビット・マイコン「RX65N」を搭載した評価ボード「Renesas Starter Kit+ for RX65N-2MB」に、アマゾン ウェブ サービスが提供するリアルタイムOS「Amazon FreeRTOS」を組み合わせたものだ(図2)。RSKは、当社の標準的な評価ボードであり、32ビット・マイコンのほかに液晶ディスプレイ(LCD)・コントローラ機能や液晶パネル、SDカード・スロットなどを搭載している。通信機能は、有線通信のEthernetを備えている。
RSKのAmazon FreeRTOS対応の最大の特徴は、AWS Device Qualificationの認定を得ている点にある。この認証は、今回の組み合わせに対して、AWS(Amazon Web Services)のクラウド環境に接続できることをアマゾン ウェブ サービスがお墨付きを与えるというもの。AWS認証を受ければ、アマゾン ウェブ サービスの公式サイトにリストアップされる。AWSへの接続が保証されるため、ユーザーは安心してRSKのAmazon FreeRTOS対応を利用できるようになる。
RSKのAmazon FreeRTOS対応の想定するアプリケーションはどのようなものか
近藤 想定する主なアプリケーションは、産業・家電・情報通信など多岐にわたる。例えば、産業用モーター機器の故障検知などが挙げられるだろう。温度や振動、位置などのデータを取得して、クラウド環境にアップし、そこでモーターの故障予測を実行する。その結果を元に、メンテナンスや部品交換などを行うわけだ。
さらにスマート家電も有力なアプリケーションだと考えている。最近では、エアコンや冷蔵庫、洗濯機などもネットワークに接続され始めている。例えば、こうした白物家電にAIスピーカー機能が搭載されれば、家のどの部屋にいても、さまざまなスマート家電を音声で制御できるようになるだろう。例えば、当社のRXマイコンは、白物家電市場でのシェアが高い。従って、RXマイコンがクラウド・サービスに対応するソリューションを整備していくことで、今後ますます白物家電のスマート化に貢献できるだろう。
よりIoTの構成に近いボードを用意
前述のRSKのAmazon FreeRTOS対応もそうだが、対象となるクラウド・サービスにアマゾン ウェブ サービスのAWSを選択した理由は何か
近藤 2つめのクラウド・ソリューションは、「RX65N Cloud Kit」である。これも、Amazon FreeRTOSとルネサス評価ボードの組み合わせであり、AWSに接続するIoT機器の開発/評価に向けたものだ(図3)。前述のRSKのAmazon FreeRTOS対応との最大の違いは評価ボードの構成にある。RX65N Cloud Kitでは、3種類のセンサーと無線LAN(Wi-Fi)機能を搭載した評価ボードを採用している。お客様が開発初期段階でIoT機器向けPOC(Proof of Concept)をご検討する際にお役立て頂けるように、よりIoT機器に近い構成になっていると言えるだろう。
実際には、評価ボードは3つのサブボードで構成されている。RX65Nが搭載されたマイコン・ボードと、サイレックス・テクノロジーのWi-Fiモジュールを搭載したボード、温湿度センサーと光度センサー、3軸加速度センサーを搭載したセンサー・ボードである(図4)。
AWSを利用するIoTシステムの構成例が図3になる。3つのセンサーで検出したデータを、Wi-Fiで接続したルーターを介してAWSに送信する。送信データのモニタリングには、Dashboardというソフトウェアが使える。
石黒 このほかRX65N Cloud Kitでは、サンプル・プログラムを2つ用意した。1つは「Hello World」プログラム。もう1つは、センサ・データ・モニタ・プログラムである。
Hello Worldプログラムとは何か
石黒 Hello Worldは、AWSの認定取得に欠かせないプログラムだ。認定取得を希望するメーカーは必ず、Hello Worldプログラムを入れておかなければならない。ユーザー側では、まずHello Worldプログラムが動作することを確認してから、ユーザー独自プログラムの開発に取り掛かることになる。
前述のRSKのAmazon FreeRTOS対応もそうだが、対象となるクラウド・サービスにアマゾン ウェブ サービスのAWSを選択した理由は何か
近藤 クラウド・サービスの世界シェアはアマゾン ウェブ サービスが最も高く、約33%を獲得しているからだ。そのサービスがAWSであり、マイコン組み込みIoT向けOSとして無償提供しているのが2017年末に発表して業界の注目を集めたAmazon FreeRTOSである。もちろん、ほかのOSを使ってもAWSを利用できる。しかし、アマゾン ウェブ サービスの公式OSであるAmazon FreeRTOSは、オープンソースかつ無償で使用できることからマイクロコントローラ開発者向けとしても人気が高く、AWS接続に必要な標準的な機能も備えていることから、開発負荷を低減できるメリットがある。
石黒 これまで、Linux OSを採用した組み込み機器をクラウドに接続するには、500MHz以上のクロック周波数で動作するマイコン(CPU)を用意する必要があった。しかし、「もっと小さなデバイスをクラウドにつなぎたい」という声は少なくない。そうした要求に対して、Linux OSと500MHz動作のマイコンの組み合わせでは重すぎる。そこで、マイコンには120MHz動作のRX65Nを採用し、アマゾン ウェブ サービスが提供するAmazon FreeRTOSを組み合わせるRX65N Cloud Kitを開発するに至った。この組み合わせならば、既存のマイクロコントローラを搭載している組込み機器との親和性も高く、お客様がIoT機器開発を進めるうえで容易に実現できると考えた。
国内のRXユーザーの声に応える
すでにAmazon FreeRTOSに対応するマイコン開発キットを製品化している半導体メーカーは少なくない
近藤 現時点で10社程度の半導体メーカーが販売を手掛けている。そうした意味では、Amazon FreeRTOSへの対応では、当社は後発ということになる。
なぜ後発になったのか
近藤 リアルタイムOS対応については、Renesas SynergyTMでThreadX®、RXマイコンではルネサス製リアルタイムOSであるRI600V4, RI600PXがあり多くのお客様に支持をいただいている。またクラウド環境としては、Renesas SynergyTMでクラウドソリューションを提供していることもある。
一方で、特に日本ではRXマイコンの市場シェアが高く、多くのお客様にご採用頂いているマイクロコントローラの1つである。こうしたお客様から、「使い慣れたRXマイコンを採用したIoTデバイスで、クラウド環境に接続したい」という声も数多く当社に届いているため、お客様の選択肢を広げるために、RSKのAmazon FreeRTOS対応やRX65N Cloud Kitといったクラウド・ソリューションを製品化するに至った。
1週間の作業が最短10分に
3つめのクラウド・ソリューションについて説明してほしい
近藤 3つめは、「統合開発環境 e2 studioの Amazon FreeRTOS対応」である。
e2 studioにバンドルされている機能スマート・コンフィグレータを使用し、Amazon FreeRTOSおよびドライバやコンポーネントを組み込み、ボード上で実行することができるようになる。
具体的には、e2 studio上でAmazon FreeRTOSをGitHubから簡単にダウンロードしインポートし、必要なドライバやTCP/IP、Wi-Fi、MQTTなどのネットワークスタック、Device Shadowなどのコンポーネントの他、USBやファイルシステムのミドルウェアもGUIでコンフィグレーションして組み込むことができる。
さらに、お客様が実際にIoT機器に使用するボード上の設定に応じたクロック設定や端子設定などもGUIで簡単に実行する事が可能だ。(図5)。このソフトウェアを使えば、かつては1週間ぐらい掛かっていた作業を、最短で10分で済ませることができそうだという声も実際に聞く。
開発時のトラブルへの対策は十分であるか
近藤 このソフトウェアを使ってトラブルに陥ることは、基本的に考えられない。アマゾン ウェブ サービスのAWS Device Qualification プログラムを通過しているので、一定の基準をクリアしている。このため、トラブルが発生する恐れはないと考えている。
スマート・コンフィグレータが対応するマイコンは、RX65Nだけなのか
近藤 RX65Nのほかにも、RX64M、RX71M、RX231、RX130など様々な当社マイクロコントローラに対応。コンパイラには、日立ソリューションズ社が提供するルネサス エレクトロニクス製RXファミリ用C/C++コンパイラパッケージ「CC-RX」やオープンソース・ソフトウエアの「GCC(GNU Compiler Collection)が使える。
Bluetooth® やLTEへの対応も検討
RX65N Cloud Kitでは、どのような将来展開を考えているのか
石黒 将来的には、Wi-Fiだけでなく、市場の状況を見ながらBluetooth®やLTEにも対応していきたい。採用するマイクロコントローラについても、現時点ではRXファミリの中でも高性能かつRXファミリのメインストリームとして位置付けているRX600シリーズからRX65Nを選択しているが、低消費電力と性能向上をベストミックスしたRX200シリーズや、超低消費電力でコストパフォーマンスに優れたRX100シリーズにも応用できると考える。例えば「よりバッテリー駆動時間を延ばしたい」などのユーザーの声があれば、対応するCloud KITの製品化も検討の視野に入れたいと考えている。
Renesas SynergyTM プラットフォームでAmazon FreeRTOSを搭載する予定はあるのか
ルネサスエレクトロニクスの高性能32ビットMCU RX65N と評価キットのご紹介
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