
「デジタル制御電源」とは、出力電圧を安定化させるフィードバック・ループの制御にデジタル処理を適用したものだ。デジタル制御電源が本格的に市場に登場したのは2000年ごろ。それから、すでに16〜17年が経過した。当初は、既存のアナログ制御電源を置き換えて、デジタル制御電源の普及が一気に進むとの予想も少なくなかった。ところが、予想は外れた。当初の予想通りに普及していないのが実情だ。特に、国内の電源関連メーカーは、海外勢に比べると採用が遅れているようだ。
ただし最近では、さまざまな半導体メーカーがデジタル制御電源の実現に向けたマイコンやDSP、制御ICなどを数多く製品化している。普及の進展スピードは、当初の予想よりはだいぶ遅くなってしまったものの、次第に普及に向けた機運が高まりつつあるといって過言ではないだろう。
サンケン電気も、デジタル制御電源向けマイコンを市場に投入する半導体メーカーの1社だ。デジタル制御電源の普及に向けて、どのような機能や性能、使いやすさを盛り込んだマイコンを開発したのか。同社の技術本部 デバイスマーケティング統括部 応用技術課で技術主査を務める野島高明(のじま・たかあき)氏と、同じ課で技術主任を務める下川宗一郎(しもかわ・そういちろう)氏に、その詳細を聞いた
(聞き手:山下勝己=技術ジャーナリスト)。
サンケン電気では、どのようなデジタル制御電源向けマイコンを開発/製品化しているのか。
野島 当社のデジタル制御電源向けマイコンは、「Power IoT」と呼ぶコンセプトの元で開発/製品化されている。
次世代の電源システムは、必ずインテリジェント化すると考えている。そのときは、次の3つの機能を搭載することが求められるだろう。1つは、電源の見える化である。電源の動作状態を監視し、その結果を外部に報告する。これを実現するには、外部との通信に向けたデジタル・インターフェースを搭載することが欠かせない。
2つめは、電力の需要と供給を最適制御することだ。例えば、負荷の状態に合わせて、必要な電圧/電流を直ちに供給できるようにしなければならない。3つめは、機能安全への対応だ。具体的には、システムの2重化や自己診断、セキュリティ、サービス化と機能を搭載する必要があるだろう。
こうしたコンセプトを実現すべく、アナログ回路と制御演算機能、PWM発生器を1チップ化したデジタル制御電源向けマイコンの開発に取り組んでいる。
サンケン電気は、特にアナログ制御の電源モジュールなどが得意というイメージがある。
デジタル制御電源向けマイコンの開発にはいつから着手したのか。
野島 実は、当社でデジタル制御電源向けマイコンの開発にかかわっているメンバーは、日立超LSIシステムズから移籍してきた。日立超LSIシステムズのミクスド・シグナル・マイコン事業が2014年2月にサンケン電気に譲渡されたためだ。
極めて高速な処理が不可欠
これまでどのようなデジタル制御電源向けマイコンを製品化してきたのか。

図1: マルチコア構成を採用したデジタル制御電源向けマイコン
サンケン電気の従来品である「MD6601/MD6602」は、8ビットCPUコアと2個の16ビットDSPコアの3コア構成だった。新製品の「MD6603」では、これにEPU(Event Processing Unit)を追加して4コア構成を採用している。
野島 日立超LSIシステムズにおいて、4年前の2013年に最初の製品である「MD6601」を市場に投入した。そして、当社に移った直後に「MD6602」を製品化したわけだ。MD6601もMD6602も、8ビットCPUコア「8051」と、2個の独自16ビットDSPコア「TinyDSP」によるマルチコア構成を採用している点に特徴がある(図1)。
なぜマルチコアが必要なのか。
野島 マルチコアが必要なのは、電源には機械的な要素が一切入っていないため、その制御には極めて高い応答速度が求められるからだ。すでに自動車のエンジンや、モーター駆動にもデジタル制御技術が導入されているが、求められる応答速度は、モーター駆動制御は自動車のエンジン制御の約10倍、電源制御はそのモーター駆動制御の約10倍と極めて高い。シングルコアだと、システム制御が電源制御をディスターブ(妨害)してしまう。
そこでマルチコア構成を採用して、処理を分散させるわけだ。つまり、外部との通信用デジタル・インターフェースの制御などに通信用に8ビットCPUコアを使い、出力電圧を安定化させるフィードバック・ループのデジタル制御にDSPコアを使うわけだ。
さらに、DSAC(Direct SFR Access Controller)と呼ぶ機能も搭載した。これは、CPUコアの周辺機能が備えるレジスタ(SFR:Special Function Register)の間で、CPUコアを介さずにデータを自動転送する機能である。
マルチコア構成やDSAC機能を採用することで、電源はどんなメリットが得られるのか。
下川 とにかく電源制御のスケジューリング設計が簡単になる。この結果、電源制御のタイミングをギリギリまで詰めることが可能になるわけだ。
EPUを追加して4コアへ
最も新しい製品も、MD6602と同じマルチコア構成を採用しているのか。

図2: 「MD6603」の内部構成
8ビットCPUコアと2個の16ビットDSPコア、EPUを搭載する。さらにアナログ機能も高性能かつ豊富だ。2個のSAR型12ビットADコンバーターや高速アナログ・コンパレーター、汎用オペアンプ、高分解能のPWM生性回路などを搭載した。
野島 最新の開発品は「MD6603」で、2017年夏ごろにサンプル出荷を始める予定だ。
このMD6603では、8ビットCPUコアと2個のDSPコアに加えて、16ビットEPU(Event Processing Unit)を集積した(図2)。つまりコア数は1個増えて4コアになるわけだ。
EPUはイベント・タスクごとに高速処理が可能な演算コアである。従来とは異なり、CPUコアに割り込み処理が発生しない。さらにイベント・タスクごとの切り替え時間はゼロであるため、極めて高速な電源制御が可能になる。
EPUの具体的な使い方を教えてほしい。
下川 最近のデジタル電源は、内部処理しなければならないタスクが増えている。具体的には、変換効率を高めるためスイッチング頻度の制限処理やA-D変換結果に対する雑音除去やオーバーサンプリング処理、複数の対応方法で構成する保護機能の実現、複雑な組み合わせの異常状態検出、アブノーマル状態への対処などが挙げられる。EPUでは、こうしたタスクを処理する。ゼロ時間でタスクを切り替えられるため、短い遅延時間でリアルタイム処理できる。
マルチコア構成を採用することのデメリットはないのか。

図3: DSPのプログラム・コードを自動生成するツール
SKDSP(Sanken Digital Solution for Power)を使って、デジタル補償器を設計する一連の流れである。アセンブリ言語を使ったプログラミング技術を身につけていなくても、プログラム・コードは自動生成されるため問題ない。
下川 敢えて、デメリットを挙げるとすれば、ソフトウエア開発の負担が増えることだろう。CPUとDSP、EPUのそれぞれに向けたプログラムを開発しなければならないからだ。しかも、それぞれでプログラム言語が違う。
もちろん、こうした負荷を軽減する開発ツールを用意している。例えば、DSPのプログラムはアセンブラ言語で記述しなければならないが、SKDSP(Sanken Digital Solution for Power)と呼ぶツールを用意している(図3)。これを使えば、さまざまなパラメーターを入力し、ボーデ線図上で最適な設定を指定するだけで、デジタル・フィルター/位相補償器に関するアセンブラ・コードが自動的に生成される。プログラム開発の負担を大幅に軽減できるだろう。さらに、CPUについては、Eclipseに準拠したIDE(統合開発環境)を用意している。
MD6603では、どのようなユーザーをターゲットにしているのか。
野島 電子機器に搭載する電源モジュールがターゲットだ。その中でも特に、PIDなどの古典的な制御ではなく、オリジナルな現代制御の適用を検討しているユーザーに使ってもらいたい。マルチコア構成を採用しているため、極めて速い演算処理が可能だ。このため、現代制御を適用することでPOLコンバーターなどの性能をもっと引き上げることが可能になるだろう。
ハイエンド品も開発中
今後の開発ロードマップを教えてほしい。
野島 現在、方向性が異なる3種類のデジタル制御電源向けマイコンの開発を進めているところだ。
1つは、デジタル制御ICと、高耐圧のプリドライバー・チップを1パッケージに収めた「MD670x」である。いわゆるマルチチップ・モジュール品であり、2つのICを購入して実装する場合に比べてコストダウンが可能になる。民生機器やオフィス機器、産業機器、照明器具などに搭載するAC-DCコンバーター(スイッチング電源)に向ける。
2つめは、MD6603をベース技術として、特定用途向けに開発したデジタル制御ICである。例えば、マルチフェーズ対応のDC-DCコンバーターに向けた「MD6611」や、インターリーブPFC(Power Factor Correction)対応の電力メーターに向けた「MD6612」、同期整流方式に対応したLLC共振型DC-DCコンバーターに向けた「MD6613」などの開発を進めている。
3つめは、内蔵コアの演算処理能力を高めた「MD68xx」である。MD6602やMD6603は8ビットのCPUコアを搭載していたが、これをより性能の高いCPUコアに置き換える。さらに、ADコンバーターのサンプリング周波数やPWM生成回路の分解能も高める予定だ。
MD68xxのターゲットとなる用途は何か。
野島 MD68xxは、当社のデジタル制御電源向けマイコンのハイエンド品という位置付けだ。複数の電圧出力が求められる電源回路のデジタル制御に最適だと考えている。
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