
テレビやパソコン、スマートフォンといった電子機器に欠かせないクロック信号。クロック信号が止まれば、その電子機器自体の動作も止まってしまう。電子機器を人間の体に例えれば、クロック信号源は心臓に相当する。つまりクロック信号源は、極めて重要な「パーツ」なのである。
これまでクロック信号源といえば、水晶デバイスを使用するのが一般的だった。ところが最近になって、この牙城が崩れ始めている。シリコン基板上に微小な機械を作り込み、それを振動させてクロック信号を得るMEMSタイミング・デバイスが実用化され、ユーザー層を徐々に拡大させているからだ。
そのMEMSタイミング・デバイスにおいてリーダー的な役割を果たしているのが米SiTime社だ。同社は2014年に日本のメガチップス社に買収されて同社の一部門となり、さらに取り組みを強化している。今回はSiTime社のマーケティング担当Executive Vice PresidentであるPiyush Sevalia氏に、MEMSタイミング・デバイスの現状と未来、水晶デバイスとの比較、現在入手できる製品などについて聞いた
(聞き手:山下勝己=技術ジャーナリスト)。
MEMSタイミング・デバイスがフォーカスしている市場は何か。
Sevalia 現在は主に3つの市場にフォーカスしている。具体的には車載市場、インフラ市場、モバイル・ウェアラブル市場/IoT(Internet of Things)市場である。民生機器や医療機器など、これら以外の市場にフォーカスしないというわけではないため、誤解をしないで頂きたい。
それぞれの市場でMEMSデバイスに求める性能や機能は違う。車載市場およびインフラ市場では精度と信頼性、高温度対応など。モバイル・ウェアラブル市場では外形寸法と消費電力など。IoT市場では外形寸法と消費電力、集積化などだ。従って、それぞれの市場に向けて最適な製品を用意している。
そもそもタイミング・デバイスは、魅力的な市場なのか。
Sevalia タイミング・デバイスの市場規模は極めて大きい。非常に魅力的な市場である。
どのくらいの規模の市場なのか。例えば、通信機能を備える電子機器「コネクテッド・デバイス」は、1台の2~50個のタイミング・デバイスを搭載している。携帯電話用基地局であれば8~15個、コンピュータ・サーバーは4~10個、スマートフォンは3~5個、自動車は20~50個、IoTセンサー・ノードは1~4個、テレビは2~4個、デジタル一眼レフ・カメラは3~4個である。
こうしたコネクテッド・デバイス自体の出荷台数は2016年に170億台だったが、2025年にはその4倍の680億台に増える見込みだ(図1)。その分だけ、タイミング・デバイスの市場規模が増加する計算になる。
発振器(オシレータ)/振動子(レゾネータ)市場に照準
タイミング・デバイスにも、様々な種類がある。特に注力しているのはどの品種なのか。
Sevalia タイミング・デバイスは、4つに大別できるだろう。発振器(オシレータ)と振動子/共振子(レゾネータ)、クロックジェネレータ、同期ソリューションの4つである。このうち、発振器と振動子を合わせて、当社では「周波数制御製品(Frequency Control Products)」と呼んでいる。発振器に含まれる代表的な製品は、水晶発振器(XO)や温度補償回路付き水晶発振器(TCXO)、恒温槽付き水晶発振器(OCXO)、電圧制御型水晶発振器(VCXO)など。振動子には、水晶振動子や温度検出用水晶振動子などが含まれる。
この4つの種類のうち市場規模が大きいのは、発振器と振動子である(図2)。発振器の市場規模は17億米ドルに、振動子は18億米ドルに達する。ユーザー数も多い。発振器は5万ユーザー、振動子は20万ユーザーにも達する。従って、注力すべき市場は、発振器と振動子ということになる。
水晶振動子と水晶発振器、TCXO、OCXOのアプリケーションの違いは何か。
Sevalia 水晶振動子は、周波数偏差が20〜100ppmと比較的大きいが、価格が安いことが特徴だ(図3)。このため民生機器や産業機器など、さまざまな電子機器に使われている。水晶発振器は、周波数偏差が10〜100ppmと水晶振動子と大きく違わないものの、クロック発振ICと一体化している点に特徴があるため価格が若干高くなるが、使い勝手が良い。
TCXO、OCXOの主なアプリケーションはテレコム機器や広帯域ビデオ機器、計測器などである。
TCXOは、周波数偏差の違いで3つに分類できる。0.5〜2.5ppmの「モバイルTCXO」、0.1〜0.28ppmの「インフラTCXO」、0.1〜5ppmの「スーパーTCXO」である。モバイルTCXOのアプリケーションは、スマートフォンやタブレット端末など、インフラTXCOは無線通信基地局など、スーパーTCXOはネットワーク機器や産業用GPS機器、衛星通信機器などである。
OCXOは、水晶発振器を恒温槽に入れて、動作温度を安定化させたもので、周波数偏差が0.001〜0.05ppmと高い点が特徴だ。極めて高精度な周波数偏差が求められるアプリケーションに向ける。
SiTimeは、すべての製品を手掛けているのか。
1チップには集積しない
MEMSタイミング・デバイスの現状について教えてほしい。
MEMSタイミング・デバイスの性能が高い理由は何か。
Sevalia 当社には、特色がある技術が3つあるからだ。1つはMEMS技術である。具体的には、ゼロドリフトを実現する「EpiSeal™」技術と、1ppm/℃を実現する「TempFlat™」技術、高い安定性を実現する「DualMEMS™」技術である。MEMS振動子の製造は独Robert Bosch社に委託しているが、製造歩留まりは95%と高い。
2つ目はミクスド・シグナル技術である。位相ジッターが低いPLL(Phase Locked Loop)技術や、低消費電力化技術、分解能が20μKの温度補償技術などを備える。ミクスド・シグナル・チップの製造は台湾TSMC社に委託している。3つ目はシステム技術である。CSP(Chip Size Package)といった、小型パッケージへの実装技術などがこれに含まれる。
MEMS振動子とミクスド・シグナル回路は1チップに集積していないのか。
Sevalia 1チップの集積していない。コスト的に有利となるだけでなく、性能的なアドバンテージも別チップの方が大きい。それぞれのチップに最適な製造プロセス技術を適用すれば、いずれも最高の性能を出せるからだ。1チップに集積してしまうと、どちらかの性能/機能に何らかの制約が発生してしまう危険性がある。
kHz帯向けMEMS振動子(レゾネータ)とMHz帯向けMEMS振動子の形状が違う。その理由は何故か。
温度特性や耐衝撃性で水晶を凌駕
MEMS発振器が水晶発振器を上回っている性能を具体的に教えてほしい。
なぜ、水晶発振器は周波数が大きく変動してしまうのか。
Sevalia 最大の違いは温度センサーの搭載場所にある。水晶発振器では、発振回路などを作り込んだCMOSチップに温度センサーを作り込む。実際に振動する水晶片とは離れた場所にある。一方、MEMS発振器は、MEMS振動子と同じチップに温度センサーを集積している。この点が大きく違う。温度センサーを集積していれば、温度変化をすぐに検出し、温度補償を実行できる。さらに、温度補償回路の性能の高さも周波数の変動分が小さいことに貢献している。
このほかにも、MEMS発振器が水晶発振器を上回っている性能がある。それは、振動に対する周波数安定性である。水晶発振器では、20kHzの振動を与えると位相雑音が大きく増加してしまう(図8)。増加レベルはかなり大きく、通信機器であれば接続が途切れてしまう危険性が高い。一方で、MEMS発振器であれば、振動を与えてもほとんど変化しない。
その理由は、振動部の重量にある。MEMS発振器の振動部の重量は、水晶発振器に比べるとかなり軽い。このため振動に対する耐性が高いわけだ。
現在、タイミング・デバイス市場全体のどの程度をMEMS発振器で置き換えられているのか。
Sevalia 恐らく、現時点では全体の10%以下だろう。しかし、この割合は急速に高まっていくはずだ。すでにモバイル機器やウエアラブル機器、民生機器に向けたkHz帯のMEMS発振器は、かなり市場を広げつつある。実際に、大真空や米Abracon社、米Ecliptek社などの水晶デバイス・メーカーが、当社のkHz帯MEMS振動子/発振器の販売を手掛けている。
今後は、産業機器や車載機器でもMEMS発振器の市場が拡大する見込みである。すでにユーザー企業において設計が着々と進んでいる。ただし、車載機器などは設計期間が長い。売り上げに貢献するのは3〜4年後だろう。
さらにNSST(Networking、Server、Storage、Telecom)市場でも今後、大きな伸びを期待できるだろう。「Elite」技術を適用したスーパーTCXOを製品化したからだ。
「Elite」技術とはどのようなものか。
Sevalia 1つのMEMS発振器に、温度特性の異なる2つのMEMS振動子を搭載する「DualMEMS™」技術を適用し、それらの振動周波数の差を求めることで周波数偏差を小さく抑える技術である。そのほかは先程述べたとおり温度変化に対する発振周波数の変化分が極めて小さい点や、温度補償回路の性能の高い点だ。
真空管や写真フィルムと同じ運命をたどる
将来的に、水晶タイミング・デバイスとMEMSタイミング・デバイスの関係はどうなると予想しているのか。
Sevalia 真空管も写真フィルムも、シリコン技術の進化とともにシリコン・デバイスへと置き換えられた。タイミング・デバイス市場についても同じことが起きるだろう。すでにシリコン技術をベースとするMEMS発振器は水晶発振器に比べて、動的な性能は30倍高く、消費電力は70%少なく、外形寸法は80%小さい。温度センサーの最小分解能もベスト値で10μKを達成している。従って、MEMSタイミング・デバイスが水晶タイミング・デバイスを置き換えるのは時間の問題だろう。
現在、製品化し、市場に投入しているMEMSタイミング・デバイスをいくつか紹介してほしい。
Sevalia 「SiT1532」は、システムの時計機能でよく使用される32.768kHz出力のMEMS発振器だ。特徴は外形寸法が1.5mm×0.8mm×0.6mmと非常に小さく、消費電流が0.90μAと極めて少ない点にある。周波数偏差は±10ppmと±10ppmに対応しており、競合する水晶発振器と遜色ない。
「SiT8008」は、低消費電力のMHz帯向けMEMS発振器である。1M〜137MHzで任意の周波数(1Hz刻みでオーダー可能)に対応しており、消費電流は3.1m〜5.5mAと少ない。周波数偏差は±20ppmと±25ppm、±50ppmのタイプを用意している。
前述のElite技術を適用した製品としては、「SiT5155/56/57、SiT5356/57」がある。これは1M〜220MHzの出力に対応した温度補償回路付きMEMS発振器で、周波数偏差が非常に小さいスーパーTCXOに分類される製品だ。周波数偏差は±0.1ppm、±0.2ppm、±0.25ppm、±0.5ppm、±1ppm、±2.5ppmに対応している。実装面積は5.0mm×3.2mmである。
このほかプログラマブルなMEMS発振器「インスタント発振器」も用意している。これは、発振周波数を書き込んでいないブランクのMEMS発振器であり、専用のプログラマブル・ライターを(TimeMachineII)購入すれば、ユーザーの手元で発振周波数を自由に書き込むことができる。デバイスそのものは、量産品と同じであり、性能差はないので、安心してお使いいただきたい。商社経由で購入する場合は、希望する発振周波数を伝えれば、その値を書き込んだMEMS発振器を短期間で入手することが可能だ。
SiTime e-shop
