
さまざまな企業においてデータの利活用が急速に進んでいる。センサーを使って各種データを取得し、それらをAI(人工知能)などで処理し、得られた結果を実際のビジネスに活かす。この一連の流れを成功させるには、まずは有用なデータを大量に集める必要がある。そこで現在世界中で、センサーを有線/無線通信経由でインターネットに接続して各種データを収集するIoT(Internet of Things)デバイス(機器)の市場が急拡大している。IoTデバイスの台数は2025年までに、モバイル機器や家電機器、自動車なども含めれば750億台を超えると予想されている。
こうした成長市場に注目する企業は少なくない。TE Connectivity社もその1社だ。同社はセンサーやコネクタ、リレー、アンテナなどの幅広い電子部品を提供するメーカーである。その同社は、IoTデバイスに向けた電子部品の製品ポートフォリオの拡充に本腰を入れ始めた。今回は、同社のData and Devices(D&D) Business UnitでIoT Sales & Business Development部門のシニアセールスマネージャーを務めるJacky Hsu氏に、今後のIoTデバイス市場の成長見通しや、製品ポートフォリオの具体的な拡充の様子、将来成長が期待できるIoTアプリケーション(応用用途)などについて聞いた。
(聞き手:山下勝己=技術ジャーナリスト)
Data and Devices(D&D) Business Unit(D&D事業部)は、どのような部署なのかを教えてほしい。
Jacky D&D事業部は主にデータセンター、クラウドコンピューティング、通信基地局などデータ交換処理を行う電子デバイスに使用される、センサーやコネクタなど各種電子部品を提供しています。2023年度会計年度の販売額は16億ドルに達しました。
なぜデータと機器の領域が急速に発展しているのでしょうか?その原因を追究すると、データは私たちの生活の不可欠な一部です。今この瞬間も、大量のデータが交換処理されています。データの交換処理に関与しているのは、データセンターや通信基站などの基盤設備だけでなく、スマートフォン、自動車、家電などもインターネットに接続され、それらを通じて大量のデータを交換処理しています。将来的にはますます多くの機器がインターネットに接続されることが予想されます。これにより、商業の規模も確実に拡大していくでしょう。
D&D事業部は通常の予測に基づき、2023財政年度の目標市場規模が69億ドルに達すると予測しています。現在の前財政年度の売上高はわずか16億ドルです。したがって、まだ大きな発展の余地があります。
TE Connectivity社には、コネクタやセンサーを個別に扱う事業部は存在しないのか。またそうした製品別の事業部とD&D事業部の関係はどうなっているのか。
Jacky 当社の事業部体制は事業別である。D&D事業部はデータセンターやクラウドなどのデータ・アンド・デバイスが対象範囲。アプライアンス事業部は家電機器が対象範囲であり、インダストリアル事業部は産業機器が対象範囲といった具合である。
そうした事業部体制の中にあって、IoT市場に向けた最適な製品群を持っているのはどこなのか。その答えがD&D事業部だった。このためIoTデバイスに向けたセンサーやコネクタなどの製品を扱うようになった。
D&D事業部において、IoTデバイスに向けたセンサーやコネクタなどの電子部品の開発や設計を手掛けているのか。
Jacky センサー及びコネクタなどの製品すべての研究開発はD&D事業部の内部で展開されています。つまり製品の開発と生産の全権を担っているとも言えます。ただし、D&D事業部が取り扱う電子部品が他の分野で使用される場合、例えば産業機器として使用される場合は、産業事業部と協力して、製品をカスタマイズし、その部門に提供する可能性があります。
800人のエンジニアでイノベーションを
現在、TE Connectivity社の製品が、顧客企業に選ばれている理由は何だと考えているのか。
Jacky 理由は5つある。1つ目は、「イノベーションを起こせる企業」であることだ。IoTデバイスの分野では、さまざまな情報通信技術の進化に伴い、通信速度(データ伝送速度)が日々高まっている。通信システム全体を高速化するには、センサーやコネクタなどの電子部品も、それに対応しなければならない。つまりIoT機器に向けたセンサーもコネクタでも、高速対応が非常に大きなキーポイントになっており、技術革新が求められている。その技術革新に投資している企業はそんなに多くはない。「イノベーションを起こせる企業」という点を評価してもらい、顧客企業には当社の製品を選んでもらっている。
2つ目は、「高い性能を実現していること」だ。ただし、単に性能を高めればいいわけではない。センサーやコネクタなどの電子部品は、厳しい環境に置かれたとしても、安定した性能を発揮しなければならない。そこで当社では、高温下でも高い性能が得られたり、小型化しても通信速度を維持できたりするなどの製品を用意している。
3つ目は、「迅速でフレキシブルなサービス」を提供していることである。当社は、グローバルに展開するメーカーだが、常に顧客企業の近いところで迅速かつフレキシブルなサービスを提供している。もちろん日本でもそのサービス体制を構築している。
4つ目は、「エンド・ツー・エンドの接続に対応していること」である。データセンターやクラウドなどのインフラ機器だけでなく、通信システムのエンドポイントに位置するモバイル機器や家電機器などを含めたトータルでの通信/接続に関する製品や技術を提供している。
5つ目は、「持続可能な社会の実現にコミットしていること」だ。単に電子産業を成長させていくだけでなく、環境保全にも常に配慮している。例えば、プラスチック材料や廃棄物の削減、CO2(二酸化炭素)の削減などに力を入れている。このことも顧客企業に高く評価してもらっている。
電子部品の開発や設計に取り組むエンジニアは何人いるのか。
Jacky D&D事業部だけでエンジニアは800人いる。当社全体では8000人を超えるエンジニアが働いている。全従業員は9万2000人なので、エンジニアの比率は約10%。たくさんのエンジニアを雇用しているため、この業界の目まぐるしい技術進化に対応できている。
IoT分野における高速化について、もっと詳しく説明してほしい。
Jacky IoT分野では、単に通信速度(データ伝送速度)の高速化だけでなく、デバイス(インターネット接続機器)の接続数やトラフィック(単位時間あたりのデータ量)が飛躍的に増えている(図2)。この点が重要だ。IoTデバイスの接続数は、2021年では360億個だったのが、2025年には750億個に達する。実に、年平均20%の成長率で増える。トラフィックについても、2020年は100000GB/秒だったが、2022年には150000GB/秒に達した。
こうした市場情報から分かることは、一人ひとりが持っているデバイスの台数が増えていることに加えて、10年前はあまり必要ではなかったWi-Fiなどの無線通信技術が、現在では必須になっていることである。さまざまな企業でビッグデータの活用が進んでおり、それと同時にデータの管理コストが低下している。この結果として、デバイス数やトラフィックが急激に増えている。データなしでは生きていけない時代になった。
IoTへの取り組みは、国や地域によって違いはあるのか。
Jacky IoTデバイスの導入については、日本を含むアジア太平洋地域よりも北米や欧州の方が先行している。先に導入すれば、当然ながら次世代バージョンへのアップグレードのタイミングが早く訪れる。従って、IoT市場を牽引しているのは、北米や欧州である。
IoTのアプリケーションという観点で市場を見ると、国や地域によって盛り上がっている分野に違いがある。例えば、米国や中国は、再生可能エネルギー分野での導入が盛んだ。一方、東南アジアではインダストリアルIoT(IIoT)の導入が積極的に進められている。
企業買収でポートフォリオを拡充
D&D事業部で提供しているIoT市場向け電子部品を具体的に教えてほしい。

図3: D&D事業部が提供する電子部品一覧
無線通信モジュールと、メインボード(MCU)のそれぞれに向けて多種多様な電子部品を提供している。例えば、コネクタやアンテナ、スプリング・フィンガー、バッテリーホルダなどである。
Jacky D&D事業部で提供している製品をまとめたのが図3である。電子部品という観点で見ると、IoTデバイスには3つの要素が必要になる。センサーと、コネクタを含む接続部品、制御(コントロール)部の3つだ。
センサーについては、当社はすでにさまざまな製品を提供している。接続部品についても、もともと当社のルーツはコネクタ・メーカーであるため、現在でも多種多様なコネクタを販売している。例えば、カメラ・モジュールなどに向けたファインピッチ・コネクタなどがあり、無線通信ボード側と制御ボード(メインボード)側のそれぞれに使えるコネクタを取り揃えている。ただし、接続部品は、物理的/機械的に接続する既存のコネクタだけではない。無線信号を介して電気的に接続するアンテナも接続部品の一部だと考えており、製品をラインナップしている。
アンテナの製品ラインナップについて具体的に教えてほしい。

図4: アンテナ企業2社を買収
アンテナの製品ポートフォリオを拡充するため、Laird Connectivity社とLinx Technologies社の2社を買収した。Laird社は外部アンテナを得意とするメーカーであり、Linx社はエンドデバイスへのIoT組み込み向けアンテナを手掛けるメーカーである。
Jacky 当社は、以前からアンテナの製品ポートフォリオを持っていたが、この業界で勝ち抜いていくには、それだけでは不十分と判断した。そこで製品ポートフォリオの強化を目的にアンテナ企業を2社買収した(図4)。
1社目はLaird Connectivity社。2021年9月に買収した。主にインダストリアルIoT(IIoT)を狙った外部アンテナを得意とするメーカーである。もう1社はLinx Technologies社で、2022年7月に買収した。通信システムのエンドデバイスへの組み込みに向けた汎用性が高いアンテナを提供するメーカーだ。買収前、当社のアンテナの製品型番は200種類ぐらいしかなかったが、2社を買収した後は約1000種類に増えた。顧客企業に提案できるソリューションの幅が広がった。
買収したそれぞれのメーカーの製品について、もう少し詳しく教えてほしい。
Jacky Laird社の製品の中で最もよく知られているのは外部アンテナ「Phantomシリーズ」である。非常に小型で、汎用性が高い。公共安全無線システムや陸上移動無線システムなどに向ける(図5)。さらに警察のパトカーなどにも採用されている。
Phantomシリーズには特徴がもう1つある。例えば、パトカーなどへの取り付けは一般的にかなり難しい。しかし、このシリーズでは、取り付けに向けたガイドなどのアクセサリを用意している。このため取り付けで困ることはない。
Laird社を買収した最大の理由は何か。
Jacky 理由は2つある。1つは製品ポートフォリオが広いこと。競合メーカーを見ると、外部アンテナの中の特定分野しかフォーカスしていないところが多い。もう1つは、当社の既存製品との親和性が高かったことだ。総合的なソリューションを構築する際に、当社の既存製品と統合しやすかった。
Linx社の製品の特徴は何か。
Jacky Linx社の製品は、前述の通り、エンドデバイスへの組み込み向けである(図6)。具体的な用途は、電気自動車(EV)用充電器やスマートメーターなどである。
同社の製品ラインナップの特徴は、携帯電話(セルラー)やWi-Fi、LPWAN、GNSSなどの無線通信規格に対応したアンテナを取り揃えているほか、RFコネクタや同軸コネクタも用意している点にある。しかもLinx社には、経験が豊富なエンジニアが在籍しているため、IoTに特化した新製品や、顧客企業の声を反映させた新製品をより迅速に市場投入できるという強みがある。
Laird社とLinx社の買収で製品ポートフォリオを拡充した結果、どのような市場を開拓できると考えているのか。

図7: 新規開拓を狙うIoT市場の具体例
アンテナの製品ポートフォリオを拡充することで、新しいIoT市場開拓の準備が整った。ターゲットとするIoT市場は、スマートスティやインダストリアルIoT、テレマティックス機器、スマートエネルギー機器、POS端末、スマートヘルス機器などである。
Jacky 製品ポートフォリオを拡充したことで、今後ターゲットとする市場はスマートシティやインダストリアルIoT(IIoT)、テレマティックス機器、スマートエネルギー、POS端末。スマートヘルス機器などである(図7)。具体例としては、駐車場の管理システムがある。従来は、駐車場にアンテナは必要なかった。しかし、管理システムがスマート化し、高いセキュリティが求められるようになった結果、アンテナが必要になった。このように市場はどんどん広がっている。それに対応するために、製品ポートフォリオを拡充した。
冒頭で述べた通り、D&D事業部ではこれまでデータセンターやクラウドコンピューターにフォーカスしていた。非常に限定された市場をターゲットにしてきた。しかし、製品ポートフォリオの拡充で、図Yに示した市場にリーチできるようになった。もちろん、このリストに限定されるわけではない。もっと広い市場を開拓していきたい。
日本から生まれる新アプリに期待
電子機器にアンテナを組み込む作業は決して簡単ではない。どのような技術サポートの体制を整えているのか。
Jacky 基本的に、日本のチームが技術的にサポートする体制を整えている。しかし、日本の顧客企業の多くは、自分たちでどんどん設計を進めたがる傾向がある。そのため、設計プロセスを単純化するとともに、それをサポートするドキュメントや仕様書をきちんと用意することが重要だと考えている。それが技術サポートにつながる。今後も充実させていきたい。
日本でのビジネスの現状と、今後の目標を教えてほしい。
Jacky 日本におけるIoT市場は、今後も積極的な投資が期待できるうえに、これからも新しいアプリケーションが生まれてくるだろう。具体的には、特に2つのアプリケーションを重視している。スマートヘルスケア(健康機器)とロボティックスだ。これらは、日本で継続的にイノベーションが起きていくだろうと見ている。それに追随するために、当社もリソースを掛けていきたい。
製品一覧

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