
現在、産業界において最も高い期待が掛けられている新しい技術は「モノのインターネット(IoT:Internet of Things)」で間違いないだろう。FA機器や産業機器、車載機器、輸送機器、住設機器、医療機器、民生機器……。実際に極めて広範なアプリケーションにおいて、IoT技術を利用したシステムの開発が進んでいる。
IoTシステムは、データを取得するIoTデバイスや、ゲートウエイ機器、クラウド・コンピュータなどから構成される。この中で最も多種多様な開発が求められるのはIoTデバイスだ。検出すべきデータや設置する場所、運用方法などによって、使用するセンサやマイコン、通信方式、電源回路などが異なるからだ。今後、世界中の多くの電子機器メーカーで、さまざまな電子部品を組み合わせたIoTデバイスが数多く開発されることになる。
米テキサス・インスツルメンツ(TI)社は、こうしたIoTデバイスの開発を支援する開発プラットフォーム(開発キット)「SimpleLink™ センタタグ」を製品化している。今回は、日本テキサス・インスツルメンツ(日本TI) 営業・技術本部 IoTソリューションズでマネージャを務める酒井正充(さかい・まさみつ)氏に、センサタグの特徴や、設計での活用方法、今後の製品展開などについて聞いた。
(聞き手:山下勝己=技術ジャーナリスト)。
現時点でのIoTシステムの普及具合をどのように認識しているのか。
IoTデバイスの開発において、特に難しいことや気をつけなければならないことは何か。
酒井 昨今さまざまなセンサ技術や通信技術が登場している。用途や環境条件に最適でコストパフォーマンスの高い技術を選択することが重要である。また、電池駆動であれば電池寿命を伸ばすための低消費電力設計を具体例として挙げる。更に、セキュリティの確保や限られたスペースに収めるための小型化も重要な要素である。
こうしたポイントに加えて、商品企画から量産化までの時間をできる限り短くすることも重要だ。IoTはアイデア勝負であり、最適な構成のIoTシステムを最適な時期に投入できなければ、ビジネスの機会を逃してしまう。
10種類のセンサを搭載
「SimpleLink™ センタタグ」を開発した目的は何か。
センサタグの詳細を説明してほしい。
酒井 センサタグは10種類のセンサと無線通信機能を搭載した開発キットである。具体的には、周辺光センサ、湿度センサ、温度センサ、赤外線サーモパイル・センサ、9軸モーション・センサ(ジャイロ、加速度、コンパス)、高度計/圧力センサ、磁気センサ、デジタル・マイクロフォンの10種類を搭載している(図3)。 無線通信機能を実現するのはワイヤレス・マイコン「CC2650」で、2.4GHz帯を利用するBLE(Bluetooth Low Energy)と6LoWPAN、ZigBeeに対応している。
また回路図、部品表(BOM)、ソフトウエア・ファイル、CADデータも提供している(図2)。29米ドルと安価であることも1つ特徴だ。
センサで検出したデータは、どのように利用すればいいのか。
酒井 評価ボードで検出したデータは、BLEなどの無線通信機能を使ってスマートフォンに送信し、閲覧することができる。閲覧用のアプリは、無償で提供しており、iOS用であれば「App Store」から、Android用であれば「Google Play」からダウンロードできる。
さらに、こうしたデータは、クラウド環境へのアップも可能だ。米IBM社の「Bluemix IoT Foundation」などのクラウド・サービスに対応しているため、取得したデータのログを取ったり、可視化したりすることが可能である。
2300種類を超えるリファレンス設計を提供
なぜ半導体メーカーであるTIが、最終製品やサブシステムを意識したソリューションをユーザーに提供しているのか。
酒井 もちろん、単品の半導体チップをユーザーに提供することも重要である。一方、TIが有する10万種類以上の半導体製品を活用し、チップを組み合わせることによる最終製品やサブシステムの性能改善に向けたリファレンスやアイデアを積極的に提供することも重要と考えている。
当社では「TI Designs」という取り組みを始めた。これはリファレンス設計ライブラリで、開発スピードの向上のほか、チップをこう組み合わせるとこんな良いことがあるという情報をユーザーに提供することが最大の目的である。
TI Designsを開発する専門チームもあり、現在では2300種類を超えるTI Designsを提供している。特に注力しているのは車載(Automotive)向けと産業(Industrial)向け。車載向け、産業向けで計1700種類以上のTI Designsを用意している(図4)。
TI Designsは、センサタグのように、評価ボードとソフトウエア、各種設計データから構成されているのか。
酒井 必ずしも評価ボードがマストではない。評価ボードのないTI Designsも数多く存在している。それらは、テスト・レポート、回路図やレイアウトなどの設計ファイル、部品表などで構成されている。
センサタグのほかに、TI Designsの代表的なリファレンス設計を紹介してほしい。今後、機能を削った製品の投入を考えているのか。
酒井 例えば、ボタン電池(CR-2032)で10年間動作する温湿度センサ搭載の無線通信回路「TIDA-00484」がある(図5)。サブ1GHz帯無線トランシーバを内蔵したワイヤレス・マイコン「CC1310」を採用した。このリファレンス設計には、評価ボードが付属しておらず、回路/ブロック図や部品表、テスト・レポートなどで構成されている。ビル・オートメーションなどの用途に向ける。
特徴は、消費電力を極限まで削ったこと。この回路は、60秒に1回、温度と湿度を測定して結果を送信する。つまり約59.9秒はスリープ状態になる。スリープ状態でも、マイコンには微小なリーク電流が流れる。ボタン電池で10年となるとこれが無視できない。そこで電源ICとマイコンの間に、自己消費電流が270nAと極めて小さいタイマーICを採用した。スリープ状態に入ると、タイマーICが機能にしてマイコンへの電力供給を遮断する。こうしてボタン電池で10年間の動作を可能にした。
このほか、コールドチェーン用途に向けたNFCデータロガー「TIDA-00524」も代表的なリファレンス設計だ。温度センサと温湿度センサ、周辺光センサを搭載しており、測定データをFRAM搭載マイコンに格納する。電源入力を喪失してもデータを保持できる。データは、NFC機能を使ってスマホなどで吸い上げられる。美術品や医薬品などを運送するコールドチェーン用途に最適だ。
無線LANやサブ1GHzへの対応も視野に
話をセンサタグに戻す。これまでセンサタグは、どのような用途で利用されているのか。
酒井 IoTシステムの研究や実証試験で利用されるケースが多い。IoTデバイスを開発することなく、すぐに試験に着手できる点が評価され、採用していただいているようだ。
センサタグに追加のセンサやアクチュエータなどを外付けすることは可能か。
酒井 センサタグには、外部拡張端子やデバッガボード「DevPack」を用意している(図6)。これらを使うことで、新しいセンサやアクチュエータなどの外付けや、USB給電ができるようになる。
また、DevPackによりCC2650内蔵マイコンのプログラム開発も可能だ。ちょっとした演算機能を追加した場合や、汎用のゲートウエイ装置を利用した場合、2.4GHz帯を使う独自プロトコルの無線通信機能を搭載した場合などに利用できる。プログラム開発には、当社の開発ツール「Code Composer Studio」が対応する。
SimpleLink SensorTag「CC2650STK」のご紹介

製品特長
- より多くのセンサへの対応
- より多くの低消費電力センサをサポート
光、デジタル・マイク、磁気センサ、湿度、圧力、加速度計、ジャイロスコープ、磁力計、物体の温度、周囲温度の検出が可能な 10 個のセンサ
- 消費電力を低減
- コイン・セル・バッテリを使用して長期のバッテリ動作が可能。バッテリ不要アプリケーションの実現も可能
高性能 ARM Cortex M3(CC2650)
- クラウド接続
- あらゆる場所から SensorTag へのアクセスと制御が可能
モバイル・アプリケーションとのシームレスな統合
- DevPack を使用すると、実際の設計に合わせて SensorTag を拡張可能
- あらゆる種類の SensorTag の相互間で交換が可能
- 包括的な開発システム
- 15 ドルのデバッグ用 DevPack を使用して拡張可能
Code Composer Studio コンパイラのライセンスが付属
- IoT アプリケーション向けの優れたフレキシビリティ
- ファームウェアのアップグレードにより ZigBee や 6LoWPAN に対応可能