
今回のテーマはGaNパワー デバイスです。
次世代デバイスとして期待されつつも、SiCほど市場採用が進まなかった理由とは何か。そして、これから市場拡大に向けてどのような課題解決が進められるのかについて、インフィニオン テクノロジーズ ジャパンで、コンシューマ、コンピュータ、コミュニケーティングを担当するC3事業部でパワー デバイス マーケティングを担当される、孫茹さんにお話を伺いました。
- なぜGaNの注目度が高いのか?
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まず、おうかがいしたいのは、なぜこれほどまでにGaNパワー デバイスに対する注目度が高いのかということです。
これについて孫さんはどのように分析していますか? -
いくつか理由があると思いますが、その1つとしてパワー(電源)に対する注目度がかつてないほど高まっていることが挙げられます。
例えば、ChatGPTに代表される生成型AIの普及で、データセンターの消費電力が急増していて社会問題化しています。今日データセンターで消費されている電力は全体の2%ですが、近い将来7%になると予想されています。これはインドの全電力消費量に等しい大きさです。
その一方で、脱炭素社会の実現も必要なんですよね。従って、CO2排出量を削減できる電力ソリューションをサポートすることが、ますます重要になっております。 -
どうすればそうした電力ソリューションを実現できるでしょうか?
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電源アーキテクチャ、給電方式、パッケージなどさまざまな技術面の改善が必要ですが、その中にスイッチング デバイスの革新があります。現状のSiパワー デバイスを、GaNパワー デバイス(GaNトランジスタ)に置き換えることで、エネルギーの変換効率を高めることができます。つまり、電力損失を低減して、CO2排出量を削減できる電力ソリューションを実現できるということで、そのためGaNトランジスタに対する注目度が高まっております。
- GaNトランジスタの消費電力削減効果
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実際にSiパワー デバイスの代わりにGaNトランジスタを使うと、消費電力をどの程度削減できるのでしょうか?
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例えば、230 V入力で48 V出力のサーバー用スイッチング電源ユニット(PSU:Power Supply Unit)の力率改善(PFC:Power Factor Correction)回路にGaNトランジスタを適用すれば、Siパワー デバイスを使ったときに比べて1〜2%ほど変換効率を高めることができます。それによって、1台のPSUで削減できる電力損失は数10 Wにすぎないですが、仮にすべてのサーバー用PSUにGaNトランジスタを適用すれば、電力損失の削減量は数10W×台数分になり、電力損失の削減量は極めて膨大となります。消費電力問題の解決に大きく貢献できます。
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GaNトランジスタを使うとなぜPSUの電力損失を削減できるのでしょうか?その理由を教えて下さい
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最大の理由はGaNトランジスタのスイッチング・スピードが非常に高いことにあります。電力損失は導通損失とスイッチング損失の2種類がありますが、GaNトランジスタの最大の魅力は、スイッチング損失を大幅に削減できることにあります。スイッチング・スピードが極めて高くリカバリー動作がないので、PSUや中間バス コンバーター(IBC)などのDC-DCパワーステージ(電力変換段)の電力損失を削減することができます。
スイッチング・スピードが速いという特長は、電源の小化、軽量化にも生かすことができます。周辺回路で使うインダクタやコンデンサに小型部品が使えるようになれば、全体分のPSU回路の小型化、軽量化もできるようになります。それは電源設計に共通の原理です。一般的にサーバー用PSUのスイッチング周波数は数10kHzなのですが、GaNトランジスタを使えば、その数の10倍以上に相当する数MHzにまで高めることが可能となります。実は、高周波動作ではなくても、電力損失を減らして発熱量をSiよりだいぶ抑えられるので、同じ周波数でも我々はGaNを優先的に検討していただきたいです。
- 市場が拡大しなかった理由
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素朴な疑問なのですが、GaNトランジスタにはこんなに大きなメリットがあるのに、なぜこれまで市場が急拡大しなかったのでしょうか?何か大きな問題を抱えていたのでしょうか?
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今までの最大の理由はコストですね。2023年より前、GaNトランジスタの価格は同じ耐圧のSiパワー デバイス(Si_MOSFET)よりかなり高いレベルにありました。そのため、GaNトランジスタではなくSiパワー デバイス(Si_MOSFET)を採用することが一般的でした。
しかしこの2年間に、8インチ ウエハ(200 mmウエハ)での量産を弊社はすでに実現していて、その価格差はかなり縮まるようになりました。(GaNトランジスタへの置き換えは)これからは加速すると認識しています。それに加えて当社は、12インチ ウエハ(300 mmウエハ)を使ったGaNトランジスタの量産化に向けた取り組みも進めています。実際すでに試作は完了しており、2024年12月に日本で開催した「OktoberTech™」というイベントで試作したウエハを展示しました。 -
12インチ ウエハ(300 mmウエハ)による量産はいつごろ始まる予定ですか?それによってコストはどの程度削減できるのでしょうか?
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300mmウエハのチップ生産は、200 mmウエハでの生産よりも技術的に高度で効率も大幅に向上しています。300 mmウエハでは200 mmウエハより2.3倍のチップを生産することができます。さらに、既存の300 mmのSi生産ラインをそのまま転用できるので大規模な商業化が可能となっております。この技術革新と規模経済(スケーラビリティ)によって、GaNデバイスはSi(パワー デバイス)と同等の価格力それは同じRDS(ON)のスペックレベルでの比較ですが、それと同等の価格競争力を持っています。量産化が進めば、GaNの採用も一気に進むと思いますので、サンプル出荷は2025年末ごろ頃に開始する予定です。
- GaNトランジスタが抱えていたその他の課題
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これまでGaNトランジスタが抱えていた課題はコストだけですか?ほかにもありましたか?
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コスト以外に使い勝手、信頼性/品質、供給の安定性という3つの課題があります。ただし、この3つの課題もすでに解決できる道筋はついております。使い勝手とはどういう意味かというと、GaNトランジスタを使った電源回路の設計が難しかったことです。GaNトランジスタのスイッチング・スピードは極めて高くて、配線の寄生成分の影響を受けやすいためです。Siパワー デバイスと同じように設計してしまうと、期待通りに動かなかったりノイズに関するトラブルに遭うことがあると思います。そこで当社は、GaNトランジスタを採用した基板のリファレンス デザインやエンジニアによるデザイン レビューやシミュレーション サポートなどの技術コンサルタント サービスを提供しております。
顧客企業に安心してGaNトランジスタを採用してもらえるような環境を整備しております。また、デバイス面では、GaNトランジスタとゲート ドライバーを1つのパッケージに収納するGaN Driver IPS(インテリジェント・パワー スイッチ)を提供することで、顧客企業での設計難易度を下げる工夫をしています。
2つ目の信頼性/品質については、やはり、GaNトランジスタは新しいデバイスであるため「万が一壊れたら?」という不安を抱えていることが多いと思います。その点に関しては、当社は業界基準として定められているテスト項目をはるかに上回る項目数を実施しています。項目数は業界で最も多く、極めて広い信頼性/品質の領域をカバーしております。さらに、製品の寿命シミュレーションを提供することに加えて、実稼働時の故障率を予測する故障モデルも提供できるため、品質不安を払拭することができるのではないかと思っております。実際にSiパワー デバイスと比べて信頼性や品質で劣っていることはないので、すでにGaNトランジスタは安心して使ってもらえるパワー デバイスだと言えます。
最後に、供給の安定性については、多くの顧客企業はSiのパワーMOSFETからGaNトランジスタへの切り替えが初めてなので、マルチソースやSiパワーMOSFETのパッケージとの互換性を希望しているかと思います。それに応えるべく弊社は、650V耐圧のGaNトランジスタではSiのパワーMOSFETで使われている汎用パッケージのDPAKを用意しております。高耐圧品でも低耐圧品でも競合他社と同じパッケージを用意しております。 -
なるほど、GaNトランジスタが抱えていた課題はほぼすべて解決されており、市場が急拡大してもおかしくない状況にあるわけですね。
- GaNトランジスタの採用例
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それでは現時点において、GaNトランジスタはどのような用途で使われているのか?その具体例を教えて下さい。
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皆さんがよく知っているアプリケーションはUSB充電器だと思います。中国のAnkerや台湾Delta Electronicsなどがすでに製品化しております。GaNトランジスタを採用することによって、小型化、軽量化を実現できているのですでに世界中に広がっております。
さらに冒頭で触れたサーバー用PSU。これも台湾のDelta ElectronicsLITEON Technologyに採用されています。クラスDのオーディオ・アンプでも採用例が最近増えています。GaNトランジスタを採用すれば、スイッチング波形のひずみと雑音を減らして音質を高めることができるので、ヒートシンクが不要になったり、変換効率を高めることができます。このほか、車載向けのオンボード充電器やDC-DCコンバーターでも、GaNトランジスタの可能性が注目されています。現在はSiCパワー デバイスが主流になりつつありますが、GaNトランジスタに置き換えれば、電力密度は4kW/l(リットル)から11kW/l(リットル)に高めることができるからです。日本市場ではすでに住宅と電気自動車(EV)間での双方向給電を可能にする、オムロンのV2H充放電システムに弊社のGaNトランジスタが採用されています。GaNトランジスタを採用することで、既存の類似品の充放電システムと比べると、体積も重量も約60%削減しながら6kWと高い充放電能力を得ることが可能となっています。こうしたGaNトランジスタを採用した事例の共通点は、Siパワー デバイスを採用している従来品と比べると、高効率化と小型化、軽量化を達成していることです。
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GaNトランジスタのアプリケーション事例は海外メーカが多いようですが、国内メーカの採用は遅れているのでしょうか?
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実際のところ、GaNトランジスタの採用は中国や米国などの海外メーカが先行している印象です。日本メーカは採用が若干遅れている状況です。コストも下がっており、信頼性と品質を十分に確保できているので、今後はぜひ積極的に採用してほしいです。GaNトランジスタはもはや「次世代パワー デバイス」ではなくて「現役世代のパワー デバイス」と言えると思いますので、安心して使っていただきたいです。
- 今後採用が進むアプリケーション例
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それでは今後、GaNトランジスタはどのようなアプリケーションで採用されることになると見ていますか?
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今後はより幅広いアプリケーションで、Siパワー デバイスからGaNトランジスタへの置き換えが進むと思います。
GaNトランジスタの耐圧別で見てみましょう。まず600〜700Vの高耐圧領域では、USB充電器、産業用電源、通信用電源、照明機器、太陽光発電システム、蓄電システム、家電向けの採用が進むと見ています。一方、40〜200Vの中耐圧領域では、通信機器、オーディオ機器、モーター駆動回路での採用が進むのではないかと思います。また、車載用途では、オンボード充電器(OBC)、トラクション インバーター、48V配電システム向けのDC-DCコンバーターで使われるようになると思います。 -
なるほど、GaNトランジスタがアプリケーションの幅を広げていくわけですね。そうなると気になるのは、Siパワー デバイスやSiCパワー デバイスとの競合関係です。この3つのパワー デバイスは市場においてどのようにすみ分けていくのでしょうか?
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各技術にはそれぞれの利点があります。例えば、GaNパワー デバイスはスイッチング・スピードが非常に速くて、高周波対応で、電力損失を削減することができます。効率を最も改善できるデバイスとも言えます。また、高電力密度によってデザイン スペースの節約が可能です。スマートフォンの充電器は数年前は大きかったのですが、GaNパワー デバイスのおかげで非常に小さくなりました。ただし、インフィニオンは、Si、SiC、GaNの3つの技術は少なくとも次の10~15年ぐらいのスパンで共存できると考えています。各技術にはそれぞれ利点があって、適切な選択は顧客の要件によって違います。ただ、この3つの技術は共存だけではなくて、同じアプリケーション内で2つや3つの技術を組み合わせて使うことによって、それぞれの利点を最大限度に生かすシナジー効果も得られると思っております。
- インフィニオンが勝ち抜く4つの強み
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これだけ市場拡大への期待が大きいデバイスですので、GaNパワー デバイスはインフィニオンさんだけでなく世界中のさまざまな半導体メーカが注力することを表明しています。こうしたライバル企業との競争をどのように勝ち抜くお考えですか?
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私たちはGaNパワー デバイス市場でのリーディング プレーヤーになれると確信しています。その理由は、インフィニオンが持つ4つの強みです。
第1に信頼性です。インフィニオンが持つGaNトランジスタ「CoolGaN™」はJEDECの標準を超えるはるかに厳しい故障率の基準があります。そのため1兆時間で1FIT以下の信頼性を実現しています。第2にすでに申し上げた通り、インフィニオンは業界初の300 mmウエハを使ったGaNの製造に成功しています。コスト面での利点以外に300 mmウエハは、供給の安定性と運用効率の向上も保証しております。第3に私たちは、40~700Vの幅広い製品群のポートフォリオを持っております。5つの異なる製品ファミリーを揃えているところです。トランジスタから双方向スイッチ、ドライバー、コントローラ、スマート機能、さまざまな機能を備えた統合ソリューションまで多くのパッケージを提供しております。第4に私たちは、GaNの専門性を持つ400人以上のプロフェッショナル チームを持っております。これによりインフィニオンはこの分野でのイノベーションの最前線にあると思っております。そのGaNに関する広範囲の専門知識に加えて、システムやアプリケーションのノウハウを理解しており、顧客にパワー スイッチ以上のフルシステム ソリューションを提供できます。私たちのソリューションには、スイッチング コントローラーとゲート ドライバーも含まれており、顧客の投資収益率を最大化するために連携しています。
- GaNパワー デバイス製品の紹介
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それではインフィニオンさんのGaNパワー デバイスの中で、特筆すべき製品をいくつか教えていただけますか?
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今回はインフィニオンの双方向スイッチ(BDS)という新製品を紹介させていただきます。BDSには高耐圧用と低耐圧用の2種類があります。高耐圧用は650Vで動作する製品と850Vで動作する製品があります。いずれもノーマリ オフのモノリシック双方向スイッチです。バック・ツー・バック(逆直列)に接続した2つのMOSFET(トランジスタ)を1つのBDSに置き換えることで、搭載したアプリケーションの変換効率、電力密度、信頼性を高めることができます。
太陽光発電用インバーターやEV用充電器、モーター駆動機器などに向いております。また低耐圧では、40Vで動作する製品を用意しています。それはスマートフォンやデジタル カメラなどバッテリー駆動の民生用機器において、電力切断スイッチとして使われているバック ツー バック接続のMOSFETに置き換えることに最適化されております。 -
- パワー デバイスの主役はGaNへ
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注目度が高いGaNパワー デバイス製品のご紹介ありがとうございます。なお、インフィニオンさんのGaNトランジスタ製品につきましては、チップワンストップではプレゼント キャンペーンを実施しております。詳しくはこの動画の概要欄をご覧ください。(キャンペーンはこちら)孫さん、きょうは丁寧なご説明ありがとうございました。GaNトランジスタの現状や、今後、市場が拡大していく理由などを理解することができました。チップワンストップチャンネルでは今後もGaNトランジスタに注目し、さまざまな情報をエンジニアの皆さんにお伝えしていきたいと思います。孫さん、改めてありがとうございました。
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こちらこそ、ありがとうございます。実はGaNの技術進化のスピードは非常に速くてポテンシャルは大きいです。ここ2年間、弊社でも数10製品を新規リリースしております。先程紹介しました双方向スイッチ(BDS)は、SiCでもSiでも実現できないものでございます。日本企業の脱炭素化、技術革新に我々もぜひ貢献したいので全力で応援してください。よろしくお願いします。
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インフィニオンさんが提供するGaNトランジスタ関連製品のより詳細な情報につきましては、チップワンストップのウェブサイトにアップしております。製品紹介ページに記載しておりますのでぜひご覧いただき、皆様の電子機器設計に生かしていただければと思います。それでは皆さん、さようなら。